犠牲者の妻、執念の追及

自ら提出の証拠が闇に光  遺志継ぎ「私は変わった」

 高さ5メートルほどのアカシアの木の下で「殺し屋」は1時間以上、待ち続けていた。治安対策で設置されていた街頭カメラの映像にその様子がはっきりと残っている。標的はジェリー・オルテガ=当時(47)。フィリピン西部パラワン島の州都プエルトプリンセサにある民間ラジオ局「RMN」のキャスターだった。
 2011年1月24日午前10時すぎ。州都中心街のジーンズ店にジェリーが入ると、殺し屋は木の下から飛び出して大通りを渡り、45口径の短銃をジェリーの後頭部に向けて撃った。知らせを受けた妻のパトリア(50)が駆け付けたとき、既にジェリーは息がなかった。
 「夫の手を握ると夫の霊が私を包み、異次元に導かれるような思いがした」とパトリアは言う。
 ジェリーは月曜から土曜の朝の看板生番組「ラマタック」の放送を終えたばかりだった。ラマタックとは「容赦なし」の意味で、彼の辛口の州政府批判やゲストとのトークが売り物だった。
 政治的理由による殺人と誰もが思った。ジャーナリストや人権活動家らが、その言論や活動ゆえに殺される事件が長年、続いているためだ。

容疑者は前知事

 殺し屋の男は逃走に失敗、現場から数百メートルの場所で警察官に捕まり、驚きの供述をした。「前知事のジョエル・レイエスに雇われた」
 レイエスはパラワン州知事を3期9年務めた。4選が禁止されているため、 10年5月、下院議員に立候補したが落選。ジェリーが殺されたのはその約半年後だった。
 パトリアが保存しているジェリーの番組の録音記録には、知事時代のレイエスを徹底追及する言葉が残っている。「子どもが病院で診察を受けても貧しくて薬が買えない。知事、こんなことでいいんですか? マランパヤの配分金は、なぜもうないの? スタジオに来て説明してほしい」
 マランパヤとはパラワン島沖で石油大手ロイヤル・ダッチ・シェルなどの企業体が採掘中の海底ガス田だ。前知事レイエスをめぐっては、その収益の州配分金の一部を私的流用したとの疑惑がささやかれ続けている。

新証拠を提出

 ジェリーとパトリアは首都マニラのロデオ競技場で1985年に出会った。大学で獣医学を学んでいたジェリーは、女性ながらロデオに出場したパトリアに一目ぼれした。88年、チェスをしながらのプロポーズにパトリアがうなずき、2人はジェリーの故郷パラワン島で式を挙げた。
 「番組の中でジェリーは毎日必ず彼の母と私の名を挙げて『愛しているよ』と言ってくれたの」。パトリアは少し照れながらそう話す。
 昨年7月、法務省の調査委員会はいったん、ジェリー殺害への前知事レイエスの関与は「証拠不十分」とした。しかし、パトリアは支援者とともに①犯行に使われた銃の所持登録者はレイエスの側近だった②殺し屋一味がマニラの高級住宅街でレイエスの弟と直前に接触したことを裏付けるガードマンの記録がある―などを新証拠として提出、調査委に事件の再調査を求めた。
 夫の死が闇に葬られてはならない―。パトリアの執念は実った。調査委は新たな証拠を有力と認め、昨年末、事件直後から行方不明になっているレイエスを容疑者として全国指名手配した。
 環境保護運動家、児童虐待や貧困問題の解決を願う人道活動家としても知られていたジェリーの遺志を継ぎ、パトリアは長女ミカ(23)とともに民間基金による環境保護活動の責任者となった。
 パラワン島はフィリピンの中でも自然の恵みが豊かな島だ。基金が掲げるプロジェクトにはサンゴ礁やマングローブに舞うホタルの保護などがある。「自然を破壊するだけで貧困を解決しない」と大資本による鉱山開発にも反対を唱える。
 「ジェリーの死後、私は変わった。貧しさゆえに、私よりももっと深い悲しみに打ちひしがれている人がいることを知った」とパトリアは言う。
 ジェリーが使っていた自宅の居間の机で彼女は毎朝祈る。「私に力を与えてください」と。

報道で存在感示すラジオ

腐敗追及で記者が標的にも

 フィリピンでは、娯楽番組中心のテレビに対し、機動性と速報性を武器に地域報道で存在感を示す小資本のラジオ局が多い。ジェリー・オルテガがキャスターをしていたRMNもその一つだ。
 ジェリーが殺された日、社員わずか14人のRMNは午前11時ごろから午後9時すぎまで緊急特別番組を生放送で続けた。
 殺害現場に記者3人と駆けつけたディレクターのジェイディー・コンセプション(24)は「みな泣き崩れ、最初は現場リポートを送れなかった。ようやく携帯電話でスタジオにつないだ男性記者の一報は涙声だった」。ジェリーについては「障害者を招き生活苦の訴えを聞くうちに泣きだしてしまったことがある。涙もろかった」と話す。
 フィリピンでは政治的理由によってジャーナリストが殺される事件が後を絶たない。マルコス独裁政権が倒れて民主化が進んだとされる1986年以降だけで、ジェリーは142人目の犠牲者とされる。政治家や警察幹部などの腐敗を追及した地方紙や地方ラジオ局の記者らが、殺される例は多い。人権活動家、労働組合関係者、弁護士なども標的にされてきた。
 殺害には軍や警察、民兵組織などが絡んでいる例が多いとされ、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは「政府の断固とした対策が必要」と訴えている。(文 石山永一郎、写真 坂本佳昭、敬称略)=2012年07月31日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ジェリーと暮らした自宅で、遺影を手にする妻のパトリアと長女ミカ(左)。事件後、パトリアは残された家族の絆を強めるために思い出の写真や絵を壁に飾った=フィリピン西部パラワン島