「原発技術者だって…」 

原子力関係者の管弦楽団  フクシマで苦境に

 「バイオリン、そこはもっと力強く。そう、いい感じだ」。ヤロスラフ・オペラ(77)がタクトを手に取り、メンデルスゾーンの序曲「ルイ・ブラス」が始まった。
 次第に息が合い、オーケストラは一つのメロディーを奏でる。曲が終わると、トランペットを担当するアルミン・ロート(53)は楽譜に注意点を書き込む。
 ロートが所属するのは「カメラータ・ヌクレアーレ」。ラテン語で「核室内管弦楽団」を意味するアマチュアのオーケストラだ。指揮者のオペラを除き、約50人の楽団員のほとんどが原子力産業の関係者。既に退職して年金生活の人が多い。
 窓越しに2基の原子炉が白い蒸気をもうもうと吐き出しているのが見える。ドイツ南部グントレミンゲン原発に隣接する集会場は築30年以上たち、木造の壁は傷みが激しい。古びた建物の横では、青々とした菩提(ぼだい)樹の葉が風に揺れていた。

苦悩

 楽団員はドイツ各地に加え、スイス、オーストリア、ハンガリーからも集まる。合同練習は年に4~5回、この日は3週間後のコンサートに向けて練習中だった。
 核楽団は1986年、グントレミンゲン原発の技術主任が中心になって創設した。チェルノブイリ原発事故の約3週間前だったが、ドイツでは既に各地で反原発運動が盛り上がっていた。原発の技術者が非人間的なわけではないことを音楽で示したい―。そんな思いから結成したという。
 核楽団の“原点”を確認するため、少なくとも年1回は原発そばの集会場で合同練習を行う。
 代表のハンスユルゲン・ゲベルベッカー(56)は原子力関連の研究所に勤務する。「核」の名を冠した楽団だが、今は原子力だけでなく他のエネルギー産業にも門戸を開き、「原発反対でも構わない。音楽を愛する人なら誰でもいい」と話す。
 CDも出し、欧州各地で公演を行った。だが今は入団希望者が少なく、楽団を取り巻く状況は厳しい。「最近はあまりコンサートの声が掛からない。誰も『核楽団』の音楽を聴きたいと思わないのだろうね」。苦笑しながら打ち明けた。

 昨年3月の東京電力福島第1原発事故後、国民の原発への不信感は募り、ドイツ政府は脱原発を決めた。「核」の名を捨てて改称すべきかどうか検討しているが、メンバーの意見は割れている。

誇り

 「楽団名を変えるべきではない。自分の仕事に誇りを持っている」と言うロートの勤務先は世界最大の原子力産業グループ、アレバだ。原発は稼働年数が長くなるにつれ、金属パイプやバルブにひび割れが生じる恐れが出てくる。ロートはそうした腐食対策の専門家として世界中を飛び回る。
 91年に南部エアランゲンの大学院で金属腐食工学の博士号を取得した。専攻を生かせる原子力産業に就職するのは自然な流れだった。核楽団に入ったのは95年。家族のようなうち解けた雰囲気が気に入った。
 「フクシマの事故は衝撃だった。だけど万全の対策を取っていれば防げた」。脱原発で電気料金は高騰する。原発は地球温暖化防止に役立つ。練習の合間の休憩時間に熱っぽく語り続けた。
 練習後、楽団は総会を開いたが、改称について結論は出なかった。
 3週間後、南部シュツットガルトの原子力業界年次総会。原子炉メーカーのほか、除染や放射線防護を手掛ける企業もブースを出展した。外では反原発団体が「フクシマを忘れるな」と叫ぶ。
 核楽団のコンサートは年次総会初日の最後のプログラムだ。男性メンバーは黒のスーツに赤のネクタイ姿で舞台に上がり、計4曲を演奏した。
 終了後、ロートは楽屋で「最初はぎくしゃくしていたけど、徐々に良くなってきた」と満足そうにほほ笑み、年季の入ったかばんにトランペットをそっとしまった。
 コンサート当日は指揮者のオペラの誕生日と重なった。舞台上で花束を受け取り、観客に何度も手を振るオペラ。しかし、2100人収容のホールは2割程度しか埋まっていなかった。

脱原発の世論無視できず

事業撤退も相次ぐ

 東京電力福島第1原発事故後、ドイツは2022年末までに全17基ある原子炉の稼働を停止することを決めた。原発推進派だったメルケル首相は事故を受け、脱原発を強く求める世論を無視することはできなかった。
 電力会社は1980年までに建設された原子炉の停止を求められ、現在稼働中は9基。安全対策費もかさみ、経営上のリスクが高いとして原発事業から撤退する企業も相次いでいる。
 86年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故により反原発運動は全国に拡大。2002年、左派のシュレーダー政権は全原子炉を20年ごろまでに停止する脱原発法を成立させた。
 しかしメルケル政権は10年に同法を改正、稼働年数を平均12年延長した。原発は二酸化炭素(CO2)をほとんど出さず、地球温暖化防止に役立つとされ、国民の反原発感情も以前に比べ和らぎつつあった。
 チェルノブイリ事故は「技術力の乏しい旧東側だから起きた」(アルミン・ロート)との受け止め方も多かった。だが技術先進国の日本での事故で、原発への不信感はかつてなく高まった。
 福島での事故を受け、ロートが最初に就職したドイツ総合電機最大手シーメンスは原発事業からの撤退を決定。同国電力大手RWEとエーオンは英国での原発建設を断念した。(文・写真 大西利尚、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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グントレミンゲン原発そばの集会場で、タクトを振るオペラ。コンサートを控え核楽団は練習を繰り返した