敬意と優しさで故人を送る

葬儀、別離を語らう機会に  映画「おくりびと」に学ぶ

 横たわるモデルの女性に服を着付けていく。腕や胴体、足を包み込むように何種類もの布地をかぶせ、ひもで留める。いたわるように、ゆっくり、丁寧に。最後に半透明のベールで顔を覆い終えて、ピア・インタランディ(27)は優しい視線を投げ掛けた。
 ピアはメルボルンのRMIT大博士課程でデザインを専攻している。手掛けるのは普通の服ではない。死者を送る“死に装束”だ。動くことのない四肢を布地で覆い、端を留めるだけの構造も「遺体を無理に動かさずに着付ける」ことを意識したものだ。

魔法の繊維

 大学生のとき、89歳で亡くなった祖父の葬儀が転機だった。息を引き取った祖父に、彼が愛用していたスーツや革靴を着せていて、ふと思った。「この靴を履いてどこを歩くの? 靴なんて必要ないのに」。もう祖父がスーツを脱ぐこともない。ボタンやファスナーにも違和感を覚えた。
 病院でみとった祖父は、お尻の辺りがはだけた薄い患者用ガウンをまとう「老いた病弱な男」に見えた。「故人にも尊厳がある。死者が送られるための服があってもいい」―。ピアは天職に出会った気がした。
 オーストラリアでは、故人が大切にしていた服を着せて埋葬することも多いが、ピアは祖父の服を眺めながら一つの疑問が頭をよぎった。「化学繊維を着せて埋葬すれば、遺体が土に返っても衣服だけがいつまでも残ってしまう」
 遺体が消え、服だけが残った抜け殻のような姿を想像すると、ピアは居たたまれなかった。「普段はポリ袋を使わないなど環境保護に熱心でも、身内の死に直面すると忘れてしまう」。そんな風潮も変えたかった。
 そんな疑問の解消に、日本での経験が役立った。デザインコンクールで優勝したピアは2006年、有名デザイナーの菱沼良樹(53)の下で実習する機会を得た。そこで、水に溶ける「魔法の繊維」を初めて知る。
 糸で刺しゅうを施した後、水に漬けて繊維を溶かし刺しゅうの図柄だけを浮かび上がらせるための布だ。不思議な素材に魅せられたピアは、自身の作品にも生かそうとした。そんな時の祖父の死だった。
 アイデアが浮かんだ。

特別な儀式

 遺体と一緒に朽ちて消える死者の服―。「ビジネス優先のデザイナーが多い中で、メッセージ性のある活動は素晴らしい」。教え子の発想に菱沼は目を見張った。
 どんな素材が分解されやすいのか、大学の協力を得て実験した。死んだブタ21頭を入手し、麻、絹、ポリエステルを使った布地で包んで土に埋めた。1年を費やして一定期間ごとに掘り出してみると、麻と絹はブタの体と一緒に腐敗が進んだが、ポリエステルと骨は最後まで残った。
 素材を麻などの天然繊維に限った死に装束づくりを進めた。天然素材なら、火葬でも有毒ガスの排出量は少ない。「お墓のための衣装」として年内の本格的な商品化を目指しており、「既に引き合いがある」と言う。
 故人の人となりがしのばれる図柄やデザインを選んだり、家系図を描いて親族のきずなを示したり…、「なるべく遺族の希望をくみ取るつもりよ」とピア。当面はネット電話サービスなどで遺族や死に備える本人の相談に応じる予定だが、将来は店を構えるのが夢だ。
 「葬儀には遺族にもっと関わってほしい」との思いがある。業者に葬儀を委託しても、機械的な対応に終始される例も少なくない。故人や遺族の意向をより反映させ「特別で神聖な儀式」に昇華させたいと願っている。
 納棺師の仕事を通じて死の尊厳を描いた日本映画「おくりびと」は5回も見た。主人公の所作を「死者への敬意と優しさに満ちあふれ、途方もなく美しい」と感じ、自身の思いを強くした。
 死は誰にも訪れる。生前から死と向き合い、別離の在り方を考えることで、心安らかにその時を迎えられるかもしれない。「葬儀や死について語り合うきっかけを提供すること」が自分の役割だと信じている。

都市部中心に火葬急増

宗教色薄れ、個性的葬儀も

 キリスト教徒が半数以上を占めるオーストラリアでは土葬が一般的だったが、近年は火葬が急増している。正式な統計はないが、 英国火葬協会などによると、シドニーをはじめとする都市部を中心に2009年は約7割が火葬を選択した。
 火葬場の処理能力が向上し、埋葬と比べて相対的にコストが減少。一方で、広大な面積のオーストラリア大陸だが都市部では埋葬用の土地が限られ、地価の上昇とともに埋葬費用が高騰していることも一因とみられる。
 移民国家のオーストラリアは、多様な宗教的背景を持つ移民を受け入れてきた。しかし、世代を重ねるにつれて、葬儀に際しては先祖が信仰していた宗教的慣習を踏襲しなくなりつつあるともいわれる。
 故人が望んでいた場所で大好きだった音楽を流したり、友人が思い出の詩などを朗読したりする。最近はこうした個性豊かな葬儀が少しずつだが増えてきている。
 日本では墓地埋葬法で土葬が認められているが、衛生上の理由などから条例で制限する自治体もある。厚生労働省によると、近年は99%以上が火葬だ。 英国火葬協会の調査によると、日本の火葬率は世界1位で、2位の台湾は約90%だ。東日本大震災では被災地で火葬が追いつかず、一部犠牲者が一時的に土葬された後、順次、改葬されている。(文 伊藤慎司、文中敬称略)=2012年07月11日 

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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実験のため埋葬するブタを布地で包むピア。21頭それぞれに名前を付け、埋葬前に洗浄し人間と同様に敬意を払った(Pia Interlandi提供)