海のオアシスで平和願う

緊迫の海に奇跡の浜辺  静寂に魅せられ、町長に

 真っすぐに300メートル以上続く砂浜があった。砂は小麦粉のように細かくて白い。透明な水をたたえた遠浅の海から寄せる波が真上からの日差しを受けてきらめく。
 南シナ海の南沙(英名スプラトリー)諸島にあるパグアサ島は“奇跡の浜辺”を持つ島だった。おそらく太古からこの砂浜は姿を変えていない。
 「この浜辺で寝ることもある。夜は涼しいからね」。56歳になるユーヘニオ・ビトオノンは、あおむけに寝るしぐさをした。パグアサ島など南沙諸島全域を統括するフィリピンの自治体カラヤアン町の町長だ。
 何事も陽気に話す彼は「寝ていると、ウミガメが横を通ることもあるんだよ」と口の端を頬の半ばまで上げて笑った。浜では毎月、数匹のウミガメが産卵するという。

政策的移民

 フィリピン西部パラワン州の西450キロの海上にあるパグアサ島の面積は約37ヘクタール。1時間もあれば歩いて1周できる。フィリピンが島を実効支配したのはマルコス政権下の1971年だ。
 住民約80人のうち30人ほどは軍関係者。残りの住民の中には少数の漁民もいるが、ほとんどは町職員とその家族だ。実効支配を維持する「政策的移民」の側面もあり、島民には食料配給がある。
 南沙諸島をめぐっては中国、フィリピン、ベトナムなど6カ国・地域が領有権を主張、周辺の海は、軍事衝突の恐れもある緊迫の海だが、ビトオノンは「ここほど平和な島はない」とにこやかに海を眺める。領有権争いについても「漁民同士は仲良くやっている」。
 島にベトナム漁民が流れ着いたことがあったが「身ぶり手ぶりで水と食料を欲しがったので、渡してあげた」。
 逆に島の漁民がベトナム本土近海まで漂流したこともあった。「そのときはベトナム人に『フィリピンはあっちだ』と言われ、水や燃料などをもらって戻ってきた」。台湾が支配する南に約70キロ離れた太平島に流れ着いた漁民も「太平島は台湾の島である」という書類に署名させられただけで無事帰ってきたという。

 ビトオノンはパラワン州南部の町ブルックスポイントの農家に生まれた。家は貧しかったが、米国の奨学金を得て大学を卒業、公共事業道路省に勤め、パラワン州で地域開発の仕事に携わった。
 パグアサ島を最初に訪れたのは97年。「半ば冒険心で来たが、島に魅せられ、その後も通い続けた。この島に住んでみたいと思うようになった」
 何よりの島の魅力は「静寂」だった。島に電気が通じるのは夜間の6時間ほど。交通手段は自転車以外に何もない。

悲願は定期船

 カラヤアン町職員を経て、2010年5月に町長選に出馬、元海軍軍人の前町長を破って初当選した。公約は「島民の生活改善」、悲願はパラワン州と結ぶ高速定期船の運航だ。「月2回でいい。それがあれば、島は漁業で成り立つ」
 今は老朽化した海軍輸送艦が月1回、物資を届ける。これに片道最低3日間かけて同乗する以外に島にたどり着く手段は事実上ない。軍建造の滑走路も島にはあるが、定期便はなく、年に1回使われるかどうか。
 島周辺は絶好の漁場だが、漁民で女性のリアジャム・モラル(32)は「漁は楽しいからやっているけど、パラワン州では1キロ千ペソ(約2000円)で売れる魚もここでは1匹一律50ペソ(約百円)」。そもそも配給があるため島では現金がほとんど流通していない。
 ビトオノン自身も「ネットも電話も島には通じてないので」、年の4分の1ほどをここで、残りは家族のいるパラワン州で過ごす。通信インフラの整備も課題だ。
 思い描く島の将来像は「アジア各国を結ぶ友好と平和の拠点」。領有権争いが決着し「台湾、ベトナムなどが支配する島と自由に往来できる日」を夢見る。
 南沙諸島海域では、海底油田など資源に関心が集まるが、手付かずの自然が残り、井戸から真水も湧き出るこの島をビトオノンは「海のオアシス」だという。
 夜、島の滑走路に出ると、360度、満天の星。30分ほどの間に流れ星を三つ見た。あおむけになると、天空の半月がまぶしかった。

都市での貧困から逃れ島に

実効支配の色分けは定着

 南沙諸島には古代から中国の漁民が訪れていたとされるが、1939年に日本が占領し、「新南群島」と名付けた。サンフランシスコ講和条約で日本が領有権を放棄した後は、100以上の島、礁、暗沙などのうち約50を各国・地域が入り乱れて実効支配。支配数の内訳はベトナムが20以上、フィリピンが9、中国が7以上、マレーシアが5以上。ブルネイも一部の領有権を主張、台湾は南沙諸島最大の島・太平島を支配している。
 中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)が実効支配拡大の自粛などで合意した2002年の「南シナ海行動宣言」以来、新たに実効支配された島、礁などは確認されておらず、国・地域別の「支配の色分け」は定着しつつある。
 フィリピンはパグアサ島の島民にコメ、塩、缶詰などの食料を月1度配給、町営住宅の家賃、電気代、水道代も無料だ。
 アニリン・バルボンティン(28)はマニラの工場で働いていたが「生活が苦しく、夫、息子とここに来た」と話す。非正規採用だが、町職員として島唯一の売店を管理、収入は月4500ペソ(約9千円)ほど。通信会社の非正規駐在員の夫も約6千円の収入があり「使い道がほとんどないので貯金ができる」。都市部での貧困生活から逃れ、島にたどり着いた人が多かった。
 フィリピンが支配する残り八つは定住不可能な岩礁などで、軍人だけが交代で駐留している。(文 石山永一郎、写真 坂本佳昭、文中敬称略)=2012年07月04日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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木漏れ日の庭で赤ちゃんを抱きかかえる南沙諸島・パグアサ島の島民。子どもたちのため、学校の開設が計画されている