住宅バブル、汚職、愛人…

社会の矛盾、赤裸々に  人気女性作家の六六

 「日々、住宅価格が高騰し、庶民のマイホームの夢は遠のくばかり。一方で、権力者は大金持ちになる。この社会の混乱を描きたかった」
 今、中国で最も売れっ子の女性作家、六六(37)=本名・張辛、上海在住。2007年末、住宅バブルを扱った小説「蝸居」(カタツムリの家)=狭い住宅の意味=がベストセラーに。09年にはテレビドラマ化され、高い視聴率を記録した。
 上海を思わせる架空の大都市で、わずか10平方メートルの部屋に間借りする若い夫婦。妻は親兄弟から金をかき集めて頭金にし、ローンで住宅を買おうと決意。だが、夫は金のために勤務先の機密を漏らして逮捕され、妹は汚職官僚の愛人に…。
 コメディータッチだが、住宅難のほか、汚職や貧富の格差、拝金主義、土地収用の紛争、愛人問題など、さまざまな矛盾を赤裸々に活写した。

絶望のふち

 「経済力がある人は、インフレで現金の価値が目減りする保障として、居住用、子ども用、老後の年金代わり―と3戸もの住宅を持とうとする」(六六)。結果、住宅価格はうなぎ上り。借家暮らしの庶民は絶望のふちに落ちた。
 「蝸居」放映後、中国政府はバブル対策を強化し、都市部の不動産熱は少し収まった。庶民には高根の花だが、上海の不動産価格はピーク時の80%まで下がった。
 「ドラマが政府のバブル対策を決定付けたわけではないが、対策を後押しする効果はあっただろう」。六六のドラマを 制作する会社の社長、呂超(36)は分析する。
 六六は内陸部の安徽省合肥市出身。大学を卒業後、貿易会社に勤めたが「商売は苦手」、1年で退職し、職を転々。1999年、夫の留学に伴ってシンガポールへ。幼稚園の教師をしながら、小説を書き始めた。4年前「混沌(こんとん)のドリームランド・中国」の魅力に気付いて帰国した。

 「今の中国社会のすべてが詰まっており、これまで読んだ中国の小説の中で一番面白かった。六六さんは明るく聡明(そうめい)でキュートだが、人間観察眼はとても鋭い」。北京在住の作家、青樹明子は日本での出版に向けて「蝸居」を翻訳中だ。
 六六の取材力と文章力は「天才的」(呂)との定評がある。時間をかけて丹念に取材をした後、短時間で一気呵成(かせい)に名文を書き上げる。
 最新作「心術」は取材からドラマ化までに4年間を費やした。最もホットな医療問題を掘り下げた意欲作で、「蝸居」を上回る大ヒットだ。
 「毎日、病院へ出掛けて、院内を子細に観察した。手術室にもこっそり入り込んだ。やがて多くの医師と親しくなり、食事をともにしながら、本音を聞いた」
 中国では医師と病院の絶対数が足りない上、病院の営利主義が問題化。医師と患者の相互不信が深刻になり、患者の「医者殺し」まで起きる。こうした医療の現場をコミカルながら、生々しく描き、問題を提起した。

強い正義感

 次の作品では「企業倫理」を取り上げるつもりだ。「今の社会は、私たちが求める公平さや正義から、遠く離れてしまった。みな無責任で、責任を押し付け合う」
 中国ではタンパク質量を水増しするため有害物質メラミンを牛乳に混入するなど「食の安全」を脅かす事件が頻発する。
 「目先の利益だけを追っても、信用を失えば売り上げは激減する。中国の企業は成長スピードや利益の大きさだけを求め、長期的な安定を考えない傾向がある」。取材のため、中国と欧州連合(EU)が上海に設立した大学院で企業家とともに経営を学び始めた。強い正義感が行動力の源だ。
 「売れっ子、六六のドラマの影響力は大きく、書籍や新聞をはるかに上回る。責任は重大だ。ドラマが社会の進歩に役立てば、とてもうれしい」。呂は六六ドラマの制作者の自負をこう語った。
 六六は長男の偶得(6)と2人暮らし。幼なじみで十数年連れ添った会社勤めの夫とは離婚協議中だ。「懸命に駆け足で生きてきた。気が付いたら2人の距離は遠くなり、歩み寄ることができなくなっていた」。少し表情を曇らせたが「何よりも大切な子ども」と「創作」の話になると、すぐ持ち前の快活さを取り戻した。

活気づく社会派ドラマ

検閲当局と綱引き

 中国で六六原作の「蝸居」「心術」など社会派ドラマが大ヒット、民意を反映したテレビドラマが注目されている。だが、共産党独裁下の中国には検閲制度があり、制作側と検閲当局の間では表現の自由をめぐって、綱引きが行われている。
 中国の放送局は国営、公営だが、改革・開放の中で独立採算制が導入され、ドラマ制作も市場経済化の流れにある。
 制作費は広告収入に依存。六六ドラマのように放送局から独立した民間の制作会社でつくられることが多い。結果、表現の自由の幅は広がった。政府の政策を真っ向から否定することはできないが、政策の不備や庶民の本音、社会の闇の部分も描けるようになった。
 放送に先立ち事前の検閲は受けるが、「昔に比べれば、ずっと自由」(六六)という。
 ただ「蝸居」は2009年に全国各局で一通り放送された後、“再放送禁止”になった。また、日本のテレビ局が放送のため購入を希望したが、承諾が得られていない。
 関係者によると、当局者の一部から「性描写が低俗」「不動産バブルや汚職官僚など、社会の描き方が悲観的」と指摘され、再編集を求められているという。
 北京の雑誌編集者は「当局内にさまざまな意見があり、調整しているのだろう。ただ、社会の現実を描くドラマはとても貴重であり、優れた作品は積極的に輸出していくべきだ」と六六ドラマを強く支持した。(文 森保裕、写真 岩崎稔、文中敬称略)=2012年06月27日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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上海随一のショッピング街、淮海中路に立つ六六(左)と青樹明子。豪華なブランド・ショップが並び「地方から初めて出てきた貧しい娘たちはみな困惑してしまう」と六六