拘束、尋問そして流浪…

米中に翻弄された人生  今も続く永住地探し

 愛する息子アブドゥサマッドよ、元気か。そちらはポプラの葉がまぶしい季節だろう。おまえは今年で17歳か、お父さんは41歳になった。3年前に移った南国パラオで永住地を探す毎日だ。故郷の中国新疆ウイグル自治区イリを離れてもう12年だ。電話はできるが、中国当局の監視があるから短くしか話せない。互いの身を守るためだ。許してくれ。
 なぜこんな流浪の日々を強いられているのか、おまえに伝えておこう。
 「コード番号201」。7年半以上も閉じ込められた収容所での“名前”だ。アフマット・アブドゥラハッドの本名を呼ばれることはなかった。旅先のアフガニスタンで2001年10月ごろに拘束、「テロリスト」の烙印(らくいん)を押され、02年初めにキューバのグアンタナモ米海軍基地に移された。

自由

 幅1・8メートル、奥行き2・5メートルの窓のない独房だった。本格的な取り調べが始まったのは数カ月後だ。米軍や米中央情報局(CIA)の尋問は過酷だった。大音量の音楽を聞かされ、エアコンで極度に冷やされたまま放置された。でも恐怖心はなかった。反米的な行動はしていなかったからだ。
 「なぜアフガニスタンにいたのか」としつこく聞かれた。「中国の弾圧を逃れて自由な生活をするために欧州に行くつもりだった」と答えた。
 1997年2月にイリであった暴動が契機だった。暴動初日の翌日、市内に買い物に行ったら、警察署前に女性や子供が集まって「夫はどこ」「父を帰して」と叫んでいた。みんな治安部隊に捕まり、多数の犠牲者が出た。お父さんも拘束された。
 これで決心した。00年7月に国を出てカブールに入った。タリバン政権は同じイスラム教徒のウイグル人を中国に送り返さなかったからだ。
 町は活気があった。家を借り、欧州に詳しい貿易商と連絡を取り合った。尋問では「欧州に行くめどが立ち、家族を呼び寄せた」と説明した。「タリバンの武装訓練を受けただろう」と再三迫られたが、否定し続けた。  

 お父さんの両親から、長男のおまえは永住先が決まるまで残すよう頼まれた。カブールでお母さんと(次男の)スバットと合流した後の01年9月に米中枢同時テロがあり、10月に米英のアフガン攻撃が始まったんだ。

チェスの駒

 周囲から「ウイグル人の多い北部に逃げた方がいい」と勧められた。安全な場所を探してお母さんたちを呼ぼうと思い、バスでカブールを出た。マザリシャリフ近くで反タリバン勢力に捕まり、他の拘束者と一緒に約600人が縄でつながれた。
 銃撃戦が起こり地下に逃げたが、米軍の誤爆で大半が死亡した。自分も左脚に破片を受け「もう駄目だ」と覚悟した。米軍は生き残った50~60人を基地に運び、お父さんは脚を切断し義足を着けた。中国に送還されるのを恐れたが、まさかグアンタナモに運ばれるとは思わなかった。
 米側の調べが一段落した後、中国の尋問官6、7人が来た。最初は紳士的だったが、「中国には帰らない。米側にすべて話した」と供述を拒否すると態度が一変した。「中国に残るおまえの家族を知っている」と机をたたきながら脅された。
 ようやく「(米国の)敵の戦闘員ではない」と判断されたが、米本土への移送は認められず収容所に残された。09年になって台湾と国交のあるパラオが受け入れてくれ、その年の10月末に同じ収容所のウイグル人5人とここに来た。一時滞在という話だったが永住先が決まらない。米政府の支援金も底をつく。旅券はなく「無国籍」だ。
 パキスタンに逃げたお母さんとスバット、02年に生まれたおまえの妹ムスリマとは10年11月にここで再会できた。5人の仲間も結婚したり、家族と合流したりしてオーストラリアなどに亡命申請したが返答はない。
 「グアンタナモに収容されたウイグル人は、米国と中国に翻弄(ほんろう)されたチェスの駒だ」と思う。
 愛する息子よ。忍耐強くいてほしい。アラーへの祈りを欠かさず一緒に生活できる日を待っていてほしい。

「負の遺産」の被害者

比は手術受け入れも拒否

 司法手続きなしで拘束され「人権無視」と批判されたグアンタナモ米海軍基地の施設には、ブッシュ米政権下のアフガニスタン攻撃など「対テロ戦」で捕まった人たちが収容された。「無実」認定後も長期拘束が続き、一時滞在先のパラオに移された中国出身のウイグル人6人には市民権もない。手術受け入れを拒否する国もあり、ブッシュ政権の「負の遺産」を引きずる被害者だ。
 米国防総省によると、800人近くを収容し今年4月現在で169人が残る。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは約45カ国から運ばれたとしている。
 米政府はウイグル人約20人の米本土への移送を認めず、他国の受け入れ先を探した。これまでにアルバニアやエルサルバドルなども受け入れた。新疆ウイグル自治区の「独立を狙うテロリスト」として身柄引き渡しを求める中国に返還すれば迫害の恐れがあるためだ。
 パラオに移ったウイグル人は同国の規定で市民権が与えられていない。けがの治療で隣国フィリピンでの手術を計画した1人は、フィリピン政府が中国との外交関係を理由に入国を断った。
 6人に計50万ドル(約4千万円)以上の支援金を出した米政府は、永住先を探すため関係国と交渉中としているが、「追加の支援金を出す予定はない」(国務省)と共同通信に回答した。(文 三井潔、写真 村山幸親、敬称略)=2012年06月13日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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海水浴に訪れたビーチで次男スバット、長女ムスリマとくつろぐアブドゥラハッド。「一日も早く家族全員がそろった生活がしたい」。離れ離れになっても父と息子の思いは強いきずなでつながっている