「核はあってはならない」

福島原発の周辺住民に共感  核汚染伝え継ぐ語り部

 重く垂れ込めた雲から小雨がぱらつき冷たい風が顔に吹き付ける。モーターボートで川を下ると対岸のシルエットが徐々に大きくなってきた。「あれが長崎に投下された原爆の原料プルトニウムを生産したB原子炉」「これはチェルノブイリ原発と構造が似ているので閉鎖されたN原子炉」。案内役のジョン・スウェイン(59)が説明する。
 米西部ワシントン州シアトルの南東約300キロ、コロンビア川沿いにある「ハンフォード核施設」だ。放射能汚染の拡散を防ぐために強化鉄板やコンクリートで繭のように覆われた原子炉が点在する。地上からはどんな施設があるのかまったく分からない、秘密要塞(ようさい)のような光景が広がる。
 第2次大戦中の1944年から米ソ冷戦末期の87年まで核兵器原料のプルトニウムを生産し89年に閉鎖、以来、今も汚染除去作業が続く。

がん、死産、奇形…

 「こんなに近くから眺めるのは何十年ぶりだろう」。モーターボート上でトム・ベイリー(65)は口を半開きにしたまま、まるで亡霊でも見るかのように視線を宙に漂わせた。放射性物質が周囲に拡散、住民にがんや甲状腺異常などの健康被害が多発していることが明るみに出るきっかけをつくったダウンウィンダー(風下住民)の1人だ。
 施設から2キロほどの農家で生まれ育った。兄は死産。自身も幼少時から肺機能障害、まひ、発疹、脱毛などに苦しみ、家族の多くががんになった。近所では住民の健康被害に加え、家畜の死産、奇形も相次いだ。
 政府は「健康に影響はない」と太鼓判を押し、核施設が原因だと叫ぶ住民もいなかった。「ここの原料で作った原爆が第2次大戦を終結させ、多くの米国人を救った」「核軍拡を続けるソ連を抑え、世界の安全に役立った」との自負があった。
 莫大(ばくだい)な経済効果や、放射能汚染で農作物が売れなくなる不安も大きかった。「住民のがんや家畜の奇形はどこにでもあると思っていた。いや、そう信じたかったのかもしれない」とベイリー。

 85年、地元紙の女性記者から住民の健康被害の取材協力を依頼された。農家のインタビューに同席していて気が遠くなった。「がん、心臓病、死産…。健康被害は間違いなく存在する」。自分が現実から目を背けていたことを思い知らされた。

ヒバクシャ

 記事が出た後、エネルギー省が1万9千ページに上る文書を公開。施設が49年、ヨウ素131など大量の放射性物質を故意に大気中に放出していたことが判明した。79年のスリーマイルアイランド原発事故の数百倍に相当するレベルだった。
 取材に来る記者の質問に積極的に答えるベイリーに、冷たい仕打ちが待っていた。住民は「町の恥だ。余計なことを話すな」と口をきかなくなった。銀行はローン継続を拒否し、農地を差し押さえようとした。「皆のためによかれとやったのに。今でも忘れられない」
 だが、彼は「語り部」であることをやめなかった。88年、日本の被爆者が被爆体験を語るために近くのリッチランドを訪れた。原爆製造に誇りを持つ住民は激しく反発したが、訪問団を施設周辺などに案内し食事をともにした。ベイリーはこの時「私たちは米国のヒバクシャなのだ」と確信。2001、11年に広島、長崎で開かれた原水爆禁止世界大会で「風下住民」の状況を報告した。
 ベイリーは反核兵器ではあっても、「安全に管理されていれば」と原発容認の立場だった。しかし昨年3月の東日本大震災後の大津波、そして東京電力福島第1原発事故を見て考えが変わった。
 「人類にとって、核兵器であれ原発であれ、『核』はこの世にあってはならない」
 健康は回復したが、健康不安は消えない。だから、日本の被爆者、福島原発の周辺住民の不安が痛いほど分かる。
 放出された放射性物質と健康被害の因果関係は医学的に証明されておらず、今後も証明されることはないだろうとベイリーは思う。「だが、私ができることは、一農民として事実を語り続けることだけだ」

最も汚染された核施設

核軍拡で大きな役割

 ハンフォード核施設は米国の原爆開発計画「マンハッタン計画」に供給するプルトニウムの生産拠点として建設され、米国の核軍拡で大きな役割を担った。約1500平方キロの広大な敷地に9基の原子炉が建設され、製造されたプルトニウムは史上初の原爆実験や長崎に投下された原爆「ファットマン」に使われた。
 しかし、放射性物質放出による汚染やずさんな管理態勢が次々と発覚、チェルノブイリ原発事故の翌1987年、最後のN原子炉が停止した。89年の正式閉鎖後に始まった除染作業は進まず、作業終了までの費用総額は1千億ドル(約8兆円)を超えるとみられている。
 操業中、放射性廃液を貯蔵する地下タンク177基のうち約70基でひび割れが起き、大量の廃液が漏出。現在もセシウムやストロンチウムなどを含む廃液2億リットル超がタンクに残ったままだ。
 廃液のガラス固化処理プラントが昨年に作業を始める予定だったが、6割しか完成しておらず、水素爆発などが起きる可能性もあり、開始は2019年に延期された。
 ハンフォード施設の説明責任を追及し内部告発者の権利保護を掲げる市民団体「ハンフォード・チャレンジ」代表のトム・カーペンター(55)は「全米で最も汚染された施設だ。作業が終わるのは70年以降になるかもしれない」と指摘している。(文・写真 坂本泰幸、敬称略)=2012年06月06日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ハンフォード核施設のB原子炉。長崎に投下された原爆に使われたプルトニウムが製造された