水槽の中の大自然

「はかない美しさ」を表現 グランプリ獲得の建築家

 水槽の中でさまざまな水草が揺れ、差し込む光に映し出された濃淡の緑がうっそうとした森林を思わせる。スイスイと泳ぐ小魚は、まるで木々を飛び回る小鳥のようだ。
 小さな水槽に流木や石、水草をあしらって大自然の景色を現出する「ネイチャーアクアリウム」が静かなブームだ。建築家ロン・チャン・ホアン(41)は2011年の世界水草レイアウトコンテストでグランプリを獲得、注目を浴びた。
 自然志向が高まる中、“自然水景”とも言うべきネイチャーアクアリウムの愛好家は世界中に広まりつつある。

水中の盆栽

 ベトナム最大の都市ホーチミン。街を歩くだけで、経済発展を続ける活気が伝わってくる。道路を埋める車とバイクを縫うようにして車で約30分、混雑した車道から入った住宅街の一角にホアンの自宅があった。
 ひときわモダンなたたずまい、玄関の横に大きな池があり何種類もの水草を育てている。「魚も飼っていてボウフラを食べるから蚊も出ないんだよ」とホアン。
 ベトナムが南北に分断された1954年、両親はハノイからホーチミン(当時のサイゴン)に移り住み、ホアンが生まれた。幼いころから絵を描くのが好きだったホアンは大学で建築を学び建築家に。ホテルやリゾート施設のデザインや設計を手掛け、最近は外国企業の仕事も増えた。
 若いころはタイに追いつこうと頑張ってきたが、「今はタイよりベトナムのほうが進んでいる」と胸を張る。「建築の仕事でも日本や韓国から学ぶことのほうが多くなった」とも。
 ベトナム人は占い好きだ。公園などには辻占い師も多い。ホアンがネイチャーアクアリウムに出会ったのも、2006年に自宅を設計する際に風水師から「水槽を置くと運気が上がる」と言われたのがきっかけだった。ホーチミン市内に出始めたばかりの専門店を訪れ、初めて鮮やかな緑の水草が茂る水槽を見て「一遍にとりこになった」

 インターネットで世界の水草デザインを調べていて目に留まったのが、水草や石、流木を巧みに組み合わせた日本人デザイナーの作品だった。「水中の盆栽を見るようだった」と話す。

「繊細な世界」

 ネイチャーアクアリウムの世界に魅せられたホアンは、建築家としての本業の傍ら、水草を探してメコンデルタや山岳地帯などベトナム国内を歩き回った。中でもよく行くのが中部高原ダラトだ。「滝の近くに僕だけが知っている水草があるんだ」と目を輝かせる。
 苦労して集めた水草を水槽に植えて、外科手術に使うような細いはさみで丹念に形を整えていく。「ベトナム人も器用だけど、器用さでは日本人のほうが上だろうな。でもね、技術だけでは駄目、大切なのは想像力さ」と、水槽の中の水草を眺めながら笑う。
 初めて応募した07年の世界コンテストでは104位に終わったが、08年5位、09年40位、10年8位とその後も毎年挑戦。11年の第11回大会で世界55カ国・地域から集まった1603点の応募作品の中からグランプリに選ばれた。
 グランプリを獲得した作品は「構想に4カ月、石の配置に2カ月、水草を配置し形を整えながら育てるのに3カ月くらいかかったかな」。横150センチ、高さ50センチ、奥行き80センチほどの水槽には、左右から伸びているように見える石が微妙なバランスで積み上げられ、その景色を損なわないよう水草が植えられている。
 美しさだけでなく、微妙な調和の上に成り立つ自然のはかなさを表現したこの作品は『繊細な世界』と名付けられ、審査員からはその斬新さを高く評価された。
 10年のハイチ地震、11年の東日本大地震・津波はホアンの作風に大きな影響を与えた。なぎ倒された樹木、削られた山肌…。ダムや工場、住宅を建設するために破壊される自然の姿と重なった。「自然は微妙なぎりぎりの調和の中で成り立っている。その美しさはもろく、はかない」。そんな思いを胸にホアンは次の作品に取り掛かっている。

日本人写真家が提唱

スカイツリーにも登場

 熱帯魚飼育がはやっていた欧州では第2次大戦前後から、ドイツやオランダを中心に水槽に水草を配置する「ダッチアクアリウム」が広まった。新潟県の写真家、天野尚(あまの・たかし) (57)は1980年代に、流木や石をあしらって水槽内に自然界を再現する「ネイチャーアクアリウム」を提唱、新たな分野を切り開いた。
 自然そのものの美しさに日本古来の「わびさび」の要素を取り入れた天野の手法はアマノマジックという言葉を生み出し、海外では「禅アクアリウム」として人気がある。
 幼いころから身近にあった故郷新潟の自然、写真家として撮影したアマゾンなどの原生林が天野の原風景だった。
 水草が光合成によって生み出した酸素で魚が呼吸し、排せつ物は微生物が処理する―、水中で営まれる生きもの同士の循環システムを目の当たりにして、環境問題を身近に考えることができるのもネイチャーアクアリウムの愛好者が増え続ける理由の一つだろう。
 天野は2001年に世界水草レイアウトコンテストを主催、以後、コンテストは毎年開かれている。今年は5月末に応募が締め切られ、10月に結果が公表される。
 「自然界の再現」をテーマにした天野の最新作『原生林の構図』など2点はこのほど開業した東京スカイツリータウンの「すみだ水族館」に展示された。(文 影山千絵、文中敬称略)=2012年05月30日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ホーチミン市内のアクアリウム専門店を訪れたホアン(右)。女性店長(左)が作る水槽を囲むと水温管理や照明、水草など話はつきない