父から子に、子から孫に

歴史彩った誇りと技術  革命の闘士や政敵も愛用

 甘い香りの紫煙がうっすら漂う土産物屋の片隅で、大柄の男が小ぶりの作業台にかがみ込むようにして手を動かしている。5種類のタバコの葉から必要な枚数を素早く選び出し、筒状に丸めていく。プレス機を使わなくても形を整えられるのが一流の職人の証しだ。
 ゴムの木の樹液で作った仕上げの接着液以外はタバコの葉だけ。最後に薄くて湿った葉を器用に巻き付け、ほんの3分ほどで葉巻が巻き上がる。
 しわひとつなく美しい。そう感想を伝えると、大切なのは見た目よりも内側に巻く葉の方だと力説した。「数年も経験を積めばきれいに巻けるようになる。でも女性と同じで肝心なのは中身。分かるだろう」。作業中は無口だった男性が一転、豪快な笑い声を響かせた。ホセ・カステラル(68)は世界的な高級葉巻の産地キューバを代表する葉巻職人だ。
 子どものころ、近所の小さな葉巻工場でタバコの葉の葉脈を取り除く手伝いをして小遣いをもらいながら育った。職人が次々と葉巻を巻き上げる様子にあこがれて、10歳で見習職人になった。

世界記録

 キューバがスペイン植民地だった時代にハバナに築かれ、今は観光名所になっている要塞(ようさい)の跡地にある土産物屋が現在の仕事場だ。ここで葉巻を巻くデモンストレーションを始めることになった十数年前、「話題作りに」と軽い気持ちで巻いた11メートルの葉巻が、ギネス世界記録に認定された。
 その後も20メートル、82メートルと記録を更新、それが世界で紹介され、カステラルを指名して葉巻を注文する客が増えた。顧客リストにはサウジアラビアの王族の名前もある。そこに電話が入った。「日本から100本ばかりの注文だ。忙しくなるな」
 葉巻の良しあしを決めるのは「職人の腕が半分、葉の品質が半分」とカステラル。その彼が「文句なしに世界一」というタバコの産地、西部ピナルデルリオを訪ねた。
 タバコ農家エクトル・プリエト(41)の畑では、大人の背丈ほどのタバコが茂っていた。カリブの強い日差しが降り注ぎ、じっとりと重い空気が体にまとわりつく。長さ50センチ、幅30センチ程度の葉に触れる

とベトベトした成分が指に付く。
 意外なことに、一帯の土地は痩せているという。「痩せた土地でストレスを与えて育てると、味に深みを与える油脂が豊富になるんだ」という説明だ。プリエトは特に優れたタバコ農家として、何度も生産者団体や葉巻会社から表彰された。
 敷地内の小屋では、収穫を終えた何万枚ものタバコの葉が陰干しにされていた。「この中で55日間じっくり干す。屋外で急いで乾かすと油脂が抜けて味が落ちるし、夜露で染みができてしまう」
 畑を耕す深さや畝の形、直射日光を避ける日よけを掛ける時期など農家ごとに秘伝があり、作業をしながら子どもたちにそれを伝える。プリエトもかつて父から学び、今は長男に伝えている。

ゲバラも一服

 カステラルは職人として経験を積むにつれて、機械で巻いたり人工香料を使ったりすることもある他国の葉巻に比べ、キューバ産の品質が優れていることを知った。そして、葉巻がキューバの歴史を彩ってきたことを意識するようになり、この仕事を誇りに思う気持ちも強まった。
 19世紀末の独立戦争を率いたホセ・マルティは、決起の指令書を葉巻に巻き込んで伝えたとされる。1959年に革命を成功させたチェ・ゲバラは激しい戦闘の合間に葉巻で一服した。62年のキューバ危機で革命政権と激しく対立した米大統領ケネディでさえ、キューバ産の葉巻を手放さなかったといわれる。「この手で作ることで、僕も歴史に参加しているんだ」
 カステラルも1週間に1~2回、ラム酒を飲みながら葉巻を楽しむ。世界中で勢いを増す禁煙の訴えは理解できる。でも、緊張を強いられた大仕事の後や、大切な友達との食事の後―。自分が巻く葉巻は顧客が幸せな時間を過ごすのに貢献しているという自負がある。
 「葉巻づくりは僕の天職。欲しい人がいる限り巻き続けるよ」

「男らしさ」も今は昔

最大消費地米国では禁制品

 キューバ葉巻の高級品の価格は1本約20ドル(約1600円)、公務員の月給にほぼ相当する。葉巻産業は貴重な外貨の獲得源だが、禁煙を促す潮流や、経済危機によりぜいたく品を控える動きで打撃を受けている。対立する米政府による経済制裁も悩みの種だが、新興国に愛好家が増えているのは明るい材料だ。
 公共スペースや屋内での禁煙は各国で法制化が進む。1970年代まで60~70%だったというキューバの喫煙率も、40%程度まで下がっている。
 映画007シリーズの中で主人公ジェームズ・ボンドがくわえ、男らしさを演出する小道具でもあった時代は去りつつある。前国家評議会議長のフィデル・カストロ(85)も医師の勧めで禁煙して久しい。
 そんな中でキューバ政府系の葉巻会社「アバノス」は、細くて短く、休憩時間に屋外に出て短時間で吸える新製品の葉巻を開発、売れ行きは好調という。また、経済発展が進む中国やブラジル、中東諸国などでは葉巻の販売量が増えている。
 ただ、世界最大規模の葉巻の消費地である米国には輸出できない。
 「キューバに行った? ラム酒や葉巻を持ってないだろうな」。キューバから米国に戻るたびに、空港の入国審査と税関で厳しくただされる。キューバが誇る二つの特産品は、ともに米国では禁制品だ。(文 本蔵一茂、写真 鍋島明子、文中敬称略)=2012年05月23日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ピナルデルリオ県のタバコ農家が、収穫した葉を乾燥させる小屋。葉は同じ苗から収穫されるが、収穫時期や部位により5種類に分類される。適度な柔らかさが保たれるよう、細心の注意を払いながら乾かす