自然に学び、恵みを利用

苦難の末に独自の手法  アマゾンで農林複合経営

 赤道直下の強い日差しも、未舗装の道路から舞い上がる砂ぼこりも、森の中までは追い掛けては来ない。軟らかな土を踏み締めながら森の奥に入ると、鮮やかな黄色い紡錘(ぼうすい)形の実を付けたカカオの木があった。
 「これはコショウ。バナナがあそこに。季節は終わりに近いけど、まだ実がありますね」と小長野道則(こながの・みちのり) (54)が背伸びをし、濃い紫色の小さな実を摘む。近年、日本でもジュースが健康飲料として人気のヤシの一種、アサイーの実だ。

緑の地獄

 20メートルを超えるブラジルナッツやマホガニーの木も茂るこの森が、小長野が30年近くかけて育てた自慢の「畑」だ。
 ブラジル北部、アマゾン川の河口の大都市ベレンから南へ220キロのトメアス郡トメアス。この地区に日本人入植者が初めて足を踏み入れたのは1929年のことだ。
 「緑の地獄」とまで言われたアマゾンの森の中で入植者は食うや食わずの日々を送り、多くの人が病に倒れた。小長野は鹿児島県に生まれ、60年9月、2歳の時に一家でこの地に来た。
 黄熱病にかかり自分の手を握りながら息絶えた祖母。手製の銃が暴発して負ったやけどから破傷風に感染し命を落とした父。歩いて通った学校までの長い道。黄熱病やマラリアで死線をさまよいながら遠くに聞いた母の呼び声―。小長野の記憶も苦難に満ちている。
 小長野は17歳のとき、父との対立から家出同然の形で独立、わずかな借地で農業を始める。
 50~60年代、コショウ栽培からの大きな利益に日本人入植者が沸いたのもつかの間。急拡大した病害のため、入植者らは再び苦境に陥り、農協は倒産寸前の状態だった。
 試行錯誤の中で身に付けたのが、多くの種類の作物を組み合わせて育てる混植の技術だった。
 「コショウの間にバナナやカカオを植え、短期間で収穫できる野菜も植える。成長が早いバナナはカカオに必要な木陰と有機物を提供し、コショウが病害で枯れ始める前にカカオが豊かな実を付けるまでに成長するんです」と小長野。

 自然に変化してゆくアマゾンの熱帯林の姿にヒントを得た農法だった。クプアス、グアバ、パッションフルーツ、パパイア、アセロラなど、多様な果樹を同時に植えることで、年間を通じた収入が得られるようになる。
 ゴムやココヤシのほか、マホガニーやブラジルナッツなどの樹木を同時に植えると、20~30年後には周囲は豊かな森に生まれ変わる。「コショウの単一栽培が最大の問題でした。最初はいろんなものをごちゃごちゃ植えてうまくいくはずがないと言われましたけど」と小長野は笑う。
 周囲の森と一体となった小長野の農場には多くの鳥や虫が姿を見せる。「サッカー場になっていた土地や荒れ地だって、よみがえらせることができます」と自信満々だ。
 「最初にアサイーを植えようと思ったのは鳥が運んできた種から芽が出たのに気付いたからでした。大切なことは、常に自然を見詰め、そこから学ぶことです」
 小長野たちが生み出したこの手法を、専門家は「アグロフォレストリー(農林複合経営)」と呼ぶ。森林を大規模に伐採して材木を売り、その後を農地や牧草地にするのではなく、周囲の環境と調和しながら持続的に収入が得られ、森林の保全と再生や小農家の貧困解消にもつながる。こんな利点が注目されている。

小農家にも技術を

 「貧しい小農家のことを常に考えている。自分だけが豊かになろうと思うのは間違いだ」と、ことあるごとに言う小長野は今、郡の農業観光環境局長として、アグロフォレストリーの技術を、貧しい小農家の人々に伝える仕事に全力を傾ける。
 アフリカからの逃亡奴隷が起源の貧農集落では、昨年まで電気もなかった。車で30分以上かけて毎日のようにそこに通い、バナナやカカオの栽培、育苗技術を伝えた。
 「20年前にこのやり方を知っていたら、自分たちはこんなに自然を壊さないで済んだのに」。長い間焼き畑を続けてきた彼らの言葉が心に残る。

ジュースは日本にも

政府や企業も貢献

 トメアスのアグロフォレストリー拡大に貢献したのが、1988年に日本の政府開発援助で建設されたトメアス農協のジュース工場だった。
 「作物を集められるだけ集めても売れ残り、捨てていたこともあった」(同農協)という状況が変わり、アグロフォレストリー関連製品の販路が拡大。2002年には2千トンの冷凍倉庫を持つ新工場も完成させた。
 アサイーをはじめとするトメアスの熱帯作物のジュースやピューレなどの販売を手掛ける「フルッタフルッタ」(東京)の社長、長沢誠(ながさわ・まこと) (50)がトメアスを最初に訪れたのは00年の初夏だった。
 食品会社の社員として熱帯果実関連製品の調査をしていた長沢は、トメアスの熱帯フルーツとアグロフォレストリーに一目ぼれし、02年には 勤めていた会社を辞めて自らの会社を設立した。
 「畑を見せてくれると言うのにいつまでも見えるのは森ばかり。どれだけ行けば畑に着くのかと聞いたら、見ていたものが畑だった」と笑う。
 神戸市内のジュースバーから始まった同社は、今ではアサイーをはじめとする多数の製品を手掛けるまでに成長した。
 長沢は「フルーツの消費がアグロフォレストリーの拡大に貢献し、アマゾンの熱帯林の再生にもつながる。企業は、ビジネスを通じて環境保全と貧困廃絶に貢献できる」と話す。(文・写真 井田徹治、文中敬称略)=2012年05月09日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ブラジル政府などが設置した研究所での会議で話をする小長野。経験に基づく豊富な知識は研究者からも一目置かれている