夢の東アジア天文台

平和な学問の輪広がる  日中の天文学者が連携

 「今、私たちは夢の実現に向けて、大きな一歩を踏み出すことができました」。やわらかな春の日差しが窓外に揺れる会議室で、劉彩品(りゅう・さいひん) (75)は言葉をかみしめながら静かに喜びを伝えた。
 4月初め、北京。日中韓台の天文学者会議で、共同観測サイトの有力候補地に中国チベット自治区アリ地区の海抜5100メートルの高地が選ばれた。
 「劉さん、来年はいっしょに現地を見に行こうよ」。会議の後、海部宣男(68)が弾んだ声で話し掛けた。そばで劉の夫、木村博(74)も満足そうな笑みを浮かべる。
 「不幸な歴史のあったこの地域に平和な学問の輪を」。1992年、中国の紫金山天文台(南京)の教授だった劉と、国立天文台(東京)の教授だった海部は共同研究センター「東アジア天文台」設立を日中韓台の天文学者に提案。20年を経てやっと夢に近づいた。
 台湾出身の劉は20歳で日本に留学。東京大学で天文学を学び博士課程に在籍中、1学年上の木村と結婚、男の子2人を産んだ。海部は夫妻の後輩だった。
 劉は正義感の強い気丈な性格。60年代末、赤ん坊に乳を飲ませながら、全共闘の学生たちにおにぎりを届けた。

あこがれ

 当時、日本にも中国にも、左翼運動の風が吹いていた。劉も「社会主義にあこがれた」。「反共独裁」台湾の旅券を捨て、 中国への渡航を希望。周恩来首相の招きにより、71年、一家で貨物船に乗って大陸に渡り、夫妻は中国随一の紫金山天文台の研究者となった。
 「貧しいけど、社会主義の理想を模索する中国は新鮮だった。文化大革命で研究が止まった天文学界の立て直しにもやりがいを感じた」
 劉と木村は若手研究者の教育に力を尽くした。海部ら日本の優れた研究者に訪中講演を依頼、劉―海部のパイプで教え子を日本に留学させた。

 「劉先生はとても厳しく、できの悪いぼくはよく怒られた。でも、母親のように親身だった。ご夫妻と海部先生は、中国天文学界の恩人です」
 中国・国家天文台の教授で共同観測サイトの調査責任者、姚永強(よう・えいきょう) (47)はこう話す。今の中国天文学界の中心的な学者の多くは劉、木村の教え子であり、日本留学組だ。
 日本を中心とした国際プロジェクトとして、南米チリに建設中の電波望遠鏡「アルマ」。この心臓部、受信機の製作にも紫金山天文台の研究者が参加している。
 「ずっとテイク・アンド・テイクだったけど、少しは日本にお返しができるようになったかな」。劉は教え子の活躍に誇りを感じている。
 幼いころ、台湾で母と2人でよく星空を見た。母は文字が読めなかったが、暦や空模様に詳しく、月の周りのかさを見て「あした雨が降るよ」と言い当てた。
 劉の星空は台湾から東京、南京を経てチベットに広がり、東アジアの境界を超えて人々の心をつないでいった。
 83年から十数年間、全国人民代表大会(全人代=国会)の代表を務めた。共産党の政策を追認するだけで「ゴム印」「お飾り」とやゆされる全人代だが、少しでも民主化したかった。
 全人代始まって以来初の反対票を最高検報告に投じた。環境保護を訴えて巨大な三峡ダムの建設案に反対し、議場から退場したこともあった。

許せぬ発砲

 今、夫妻は埼玉県川越市の団地で静かに仲むつまじく暮らす。中国に別れを告げるきっかけとなったのは、89年6月、民主化を求める学生や市民を軍が武力で殺傷した天安門事件だった。
 「民衆に銃を向けたのは絶対に許せなかった」。南京にいた劉は北京の全人代常務委員会に、当時の李鵬首相の罷免を求める電報を打った。
 南京大学生だった次男は学生運動への関与について厳しい取り調べを受けたことを苦にして日本へ。木村は次男を追って90年に帰国し、劉も96年に夫と合流した。
 「家族にはほんとうに迷惑をかけた。木村は東大助手の職を捨て、中国に一緒に来てくれた。おかげ

で、中国と東アジアの天文学のために貢献できた。今度は私が尽くす番。死ぬ前は彼に『ありがとう』と言うことにしているの」。劉はこう言いながら、 にっこり笑った。

ラジカルさゆえ衝突も

戦争責任、独裁を批判

 劉彩品は日本の戦争責任を追及し、中国共産党の独裁体制を容赦なく批判してきた。そのラジカルさゆえに衝突もあった。支援してきた花岡事件の損害賠償訴訟の和解には徹底的に反対した。
 戦争末期、秋田県の花岡鉱山に強制連行された中国人が過酷な労働に抵抗して蜂起、多数が死傷した同事件で、生存者や遺族ら中国人11人が雇用主の鹿島(旧鹿島組)を訴えた。
 2000年11月、鹿島が5億円で被害者救済基金を設立することで和解したが、「鹿島の法的な責任」を問わず、それを原告側に伝えないまま和解したと批判。日本人支援グループは劉を「反日」と非難した。
 海部宣男は「劉さんはけっして反日ではない。言葉は強いが、心はとても温かい。人を突き放しても、ちゃんと心配しているんだ」と擁護した。
 劉は中国国籍だが、今の中国社会については「資本主義でお金ばかりを追求している。社会主義の理想を模索していたころの方がよっぽどいい。共産党に権力が集中し、一部の人が特権を握る。だから汚職がなくならない」と手厳しい。
 中台統一についても「台湾住民の民意を尊重して決めるべきだ。統一したいなら中国はもっと台湾住民の支持を得なければならない」と主張。「中国は『台湾は固有の領土』というが、歴史を見れば、中国の国境線はいつも変化してきた」と中国の硬直的な姿勢を批判した。(文 森保裕、写真 佐渡多真子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

4月初め、日中韓台の天文学者の会議に出席するため、北京の中国科学院国家天文台を訪れた劉彩品(左)と夫の木村博。東京大学で天文学を学んだ夫妻は1971年7月、文革中の中国に渡り、南京にある紫金山天文台の研究者となった