悲しみからの出発

砂漠に築いた障害者施設  にぎやかに、誇りを持ち

 何が起きているの。誰か助けて―。
 生まれて半年、次男マギド(32)の幼い体はほとんど動かず、母と目も合わせない。ナダ・サーベド(57)の悲しみに胸を引き裂かれる日々が始まった。エジプト中の病院をたらい回しにされ、最後にマギドを「重い知的障害」と診断した米国人医師が言った。「もう治りません。ペットの動物のように、かわいがってください」
 息子は、ペットじゃない―。ナダはイスラム教徒が大多数のエジプトでは少数派のキリスト教徒で、裕福な医師の家庭育ち。21歳でいとこの薬剤師と結婚、長男出産後も国際機関で働き続けた。
 「何も不自由のない人生」は一変した。国民の多くが貧しいエジプトでは、政府にも社会にも障害者に手を差しのべる余裕はほとんどない。マギドの世話のためナダは仕事も辞めた。
 マギドが2歳半のころだった。「神は耐えられない試練を与えない」。ふと手にした聖書にあった言葉を読んだ時、そばにいたマギドの目が初めてはっきりと動いた。「生きているんだ」と涙があふれた。マギドは3歳でハイハイをし、4歳で歯が生えた。
 まもなく自分の両親が自動車事故で死亡。悲劇が重なったが、その中でも神を信じ続けた。マギドは6歳で歩いた。

警官に殴られ

 当時、エジプトにはマギドを受け入れる小学校はなかったが、自宅近くのアレクサンドリアの教会が好意で預かり色や形の読み方などを教えてくれた。ただ、社会の無理解に苦しめられた。
 放置された車で遊んでいた10歳のマギドは警官に逮捕された。調書に「ばかのふりをした子ども」と書かれ、殴られた。
 救いは、3歳年上の長男マムドゥーハだった。「弟を恥じることなく、プールでも公園でも、どこへでも連れていった」
 ナダは16歳でマギドを教会から「卒業」させた。順番を待つ他の障害児を考えてのことだった。
 18歳。軍から徴兵免除の許可を得るだけで半年かかった。「障害者のふり」の徴兵逃れと見なされたからだ。
 マギドがエジプトの成人年齢21歳に近づいたころ、ナダは同じような境遇の家族のことを思った。

 「障害児も学んで誰かの役に立ちたいはず。誇りを持って生きるために仕事を見つけなければ」
 2000年末、ベドウィン(遊牧民)から買ったアレクサンドリア郊外の約800平方メートルの土地に知的障害者の自立支援施設「希望の村」を設立した。マギドの目が動いた日に感じた気持ちを命名に込めた。
 6人の障害者とその家族で始めた共同体だった。砂漠に水を引き、小さな畑を耕し、ニワトリを飼った。「単純作業でできる」とパン窯も入れた。以来11年。「村」では今、障害者45人が学び、暮らし、パンを焼く。

何でもできるよ

 地中海からの風にクロワッサンの甘い香りが混じる。「村」では1袋3エジプトポンド(約40円)ほどのパンやクッキーを地元スーパー約10店に卸す。「パンを配ると店の人がジュースをくれる。どこにでも行けるし、何でもできるよ」。配送係のマギドが早口で話した。
 国際機関などの寄付も集まり、敷地は5倍に拡大。障害者だけでなく、教員やパン製造の指導者ら二十数人も「村人」に加わった。日本の青年海外協力隊員も2人いる。
 大声で叫び、動き回る。にぎやかさの絶えない希望の村。パン作りに忙しいムハンマド・バユーミ(21)の月給は日本円で約3500円。「人と知り合えるのがうれしい。貯金もしてるんだ」と、とつとつと語る。地元のおむつ工場などで働く「卒業生」も12人いる。
 エジプトで知的障害者支援の草分けの一人となったナダ。「わたしが感じた悲しみは、他の人々の苦しみを和らげるためにあった」と振り返る。
 05年には、スイスの女性団体からノーベル平和賞候補者に推薦された。自分が他界した後の子どもたちのため「もっと社会を変えなければ」と誓う。30年前は「どうしてこの子が」と問い、泣き続けた。今は思う。希望はつくることができるのだと。

路上で喜捨にすがる者も

立ち遅れがちな支援

 アラブ最大の人口約8千4百万人を抱えるエジプトでは国民の4割は1日2米ドル(約160円)以下で暮らす。
 首都カイロでは、手足などに障害を抱えた人々を多く見かける。国民の多くは貧しいが、イスラム教に基づいて弱者に喜捨を与える文化があり、リハビリを受けて低賃金労働に就くより、物乞いの方が高収入となる例も少なくない。
 非識字率が約3割とされ、障害に対する啓発活動も少ない。特に、外見上の区別が難しい知的障害者への支援は遅れており、専門的な療育を受けることができる幼児は知的障害者全体の数%とみられる。
 日本発達障害福祉連盟(東京)理事の 沼田 千妤子による約10年前の調査では、当時のエジプトの知的障害者は約260万人で、人口当たりの比較で日本の約10倍。エジプト社会で一般的な近親婚なども背景の一つとみられている。沼田は「発展途上国では、知的障害者支援はどうしても後回しになりがち」と話す。
 一方、日本と異なり、アラブ社会では住民や親族が気軽に助け合う文化がある。「希望の村」では施設内に診療所を設けて地元に医療を提供、障害に対する啓発活動もしている。取材中には、近所の遊牧民女性が障害者に声をかける光景も目にした。地元との良好な関係がうかがえた。(文 高山裕康、写真 平松玲、文中敬称略)=2012年03月28日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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「希望の村」の施設屋上に上がると柔らかな日が差していた。にぎやかな「村人」の背後には澄んだ地中海が広がる。右端から3人目、青いセーター姿がマギド=エジプト・アレクサンドリア