在野に身置き変革迫る

「知」を武器に権力監視 学者一族、原爆投下に警告

 英語にシチズン・サイエンティスト(市民科学者)という言葉がある。在野の立場を貫き、「科学の知」を武器に権力を監視する科学者のことだ。米プリンストン大教授の物理学者、フランク・N・フォン・ヒッペル(74)もその一人だ。米原爆開発計画「マンハッタン計画」に参加しながら原爆投下にいち早く警告を発した祖父、仕事一徹で聡明な物理学者の父、学者一族の気骨が市民目線で社会変革を求める老科学者の魂に宿る。

覚醒

 母方の祖父、ジェームズ・フランクはノーベル物理学賞を受賞したドイツ系ユダヤ人学者だった。第1次大戦では毒ガス防護マスク開発にも携わったが、ナチスの反ユダヤ人政策に強く反発して米国へ移住した。
 日本の真珠湾攻撃後、マンハッタン計画への参加を求められた際、祖父はこんな条件を付けた。原爆が開発されたら、政権中枢に意見具申させてもらう―。この言葉どおり、1945年6月「フランク報告」をまとめ、「無差別殺りくの手段」である原爆を無警告で日本に落とすべきではないと主張。まず無人区域で「デモンストレーション」を行うよう勧告した。
 「広島への原爆投下が核軍拡競争の幕を切って落としたことは疑いない」とヒッペル。彼が生まれた時、父のアーサーは祖父の名字「フランク」と、親友で著名な物理学者ニールス・ボーアの「ニールス」を与えた。
 「父は自分のヒーロー2人の名前を私に授けてくれた」。父の背中を見ながら、自身も物理学者としての道を歩んだ。
 ベトナム反戦運動ピークの60年代後半、スタンフォード大で教壇に立っていたヒッペルに転機が訪れた。政府顧問を務める同僚科学者に学生が「あなたは賢いのに、なぜ政府の政策はこんなに愚かなのか」と問い掛けたのだ。反戦運動のさなか、物理学者という生き方を内省していた時期だった。「政府内の専門家とは、政府の政策にお墨付きを与える存在にすぎないことに気付いた。以降、市民科学者として生きることにした」。覚醒の瞬間だった。
 国立研究所へ移り増殖炉を研究。その後「原子炉が壊れる可能性は低い」とする米原子力委員会の見解に挑戦する形で、原子炉の安全性に関する研究にも取り組んだ。

 政府の政策決定に携わったのは、知人に頼まれてクリントン大統領の科学顧問となった93~94年の1年半弱だけだ。

反原発権力

 今年1月17日、青森県議会の一室。「残念ながら、青森では事業者も行政も福島の事故が全くなかったかのように、県民の安全より財政の安全を優先している」
 ヒッペルは前日まで大雪警報の出ていた青森市を訪れ、同県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場稼働に反対する地元の古老の声に耳を傾けた。
 「六ケ所村の使用済み燃料プールには約3千トンもの燃料がある。これは過密状態。再処理も行うべきでない」。ヒッペルが言葉を返すと、古老は大きくうなずいた。
 日本は原発から出る使用済み燃料を再処理してプルトニウムを生成、これを軽水炉用の混合酸化物(MOX)燃料に使う路線を取ってきたが、原発事故後、従来政策が大きく揺らいでいる。
 ヒッペルは新たな核保有国の出現を防ぐ核拡散阻止の観点から、兵器原料にもなるプルトニウムを抽出する再処理に反対する。「広島、長崎への原爆投下後、核は『使えない兵器』」であり、一度使えば甚大な被害を招くだけでなく、さらなる核使用と核軍拡を誘発し世界の核秩序はカオスと化す―。ヒッペルは核拡散阻止、その先にある核廃絶の重要性を訴える。
 同時に、地球温暖化防止の観点から自身の立場を「反原発」ではなく「反原発権力」だと説明する。「原発を推進してきたエスタブリッシュメント(権力層)は無責任だ。技術的問題が起きても、対外広報に腐心し、安全をめぐる肝心な問題をないがしろにしてきた」
 世界の原子力ムラに警鐘を鳴らし「核なき世界」を追求する市民科学者。74歳の今もその情熱と気迫は衰えない。

科学者集団が大統領を補佐

日本にも必要な助言機関

 「市民科学者」を自任するヒッペルだが、1993年から94年にかけて一度だけ、米政府内の要職に就いたことがある。このときは「OSTP」の略称で知られる「科学技術政策室」の幹部として核政策を担当した。
 ホワイトハウス内に設けられたOSTPは、エネルギーや環境、国防などに関する科学技術政策を束ねる専門家集団だ。博士号を持つ著名な科学者が名を連ね、大統領に科学的助言を行う。
 ヒッペルによると、彼が在籍した当時のスタッフは50~60人。現在は核廃絶論者として知られるジョン・ホルドレン博士がトップを務め、70人近い陣容を誇る。現OSTP高官は「ノーベル賞学者のチュー・エネルギー長官に代表されるように、オバマ政権は歴代政権の中でも最も多くの科学者を幹部ポストに起用している」と語る。
 OSTPはフォード政権時代の76年に議会が設立。その主な役割は①大統領や政権幹部に的確で時宜を得た科学技術に関する助言を行う②行政府の政策決定に科学的妥当性を持たせる③行政府内の科学技術政策を調整する―ことにある。
 東京電力福島第1原発事故は、危機時の政策立案を行うに際して科学技術に関する知見がいかに重要かを如実に示した。日本政府内にもOSTP並みの専門家集団の設立が望まれる。(文 太田昌克、写真 メグ丸山、敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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青森県の担当者(左)に日本原燃の使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)について詳細な安全性評価をするよう申し入れる米プリンストン大教授のヒッペル(中央)=青森県庁(撮影・有吉叔裕)