抵抗と受難の半世紀 

善良な市民の目で風刺  民主化実現し連載終了

 韓国で「コバウおじさん」を知らない人はいない。1950年11月に初めて「漫画新報」誌に登場し、雑誌掲載を経て55年2月1日から2000年9月29日まで、東亜日報、朝鮮日報、文化日報で1万4139回にわたって新聞連載された4コマ漫画の主人公だ。コバウの半世紀は韓国現代史の記録だ。
 コバウは、はげ頭の上に髪の毛が1本、眼鏡をかけた、さえないが、愛嬌(あいきょう)のある中年男だ。作者の金星煥(キム・ソンファン)(79)によると、コバウは50代半ばの会社員という。
 善良な市民であるコバウはせっせと出歩き、さまざまな現場で立ち止まり、驚き、「これは一体何ですか」と問い掛け、風刺に満ちた一言をつぶやく。庶民は、その風刺に思わずニヤリとする。
 金星煥は1932年、今は北朝鮮の開城で生まれた。父は独立運動家で日本の植民地時代に約10年間投獄された。母は12歳の時に亡くなった。父は金に医師になってほしいと言っていた。
 「幼い時から地べたに絵を描いていた。絵が大好きだった」。旧制景福中学のころから漫画の寄稿を始め、49年に初めて原稿料を受け取った。
 50年に朝鮮戦争が始まり、北朝鮮の人民軍がソウルまで来て、多くの漫画家が人民軍に協力したが、それには加わらなかった。「空を見ると米軍のB29が飛んでいた。制空権を握ってない人民軍は負けると思った」
 戦争中、人民軍から身を隠していた時、漫画のキャラクターを考えた。「約200のキャラクターを描いた。その後の作品はすべて、この時考えたキャラクターで、それを一人一人使って食っていった」。コバウもその中の1人だ。

「貴いお方」

 55年、東亜日報でコバウの連載が始まり人気を集めると、他の新聞でも4コマ漫画が始まった。
 それからのコバウの歩みは権力への抵抗と受難の半世紀でもあった。
 李承晩(イ・スンマン)政権時代に、景武台(大統領官邸)の糞尿(ふんにょう)を運ぶ人を「貴いお方」と表現し権力を風刺した。大統領府を冒涜(ぼうとく)したと取り調べられ、罰金を科せられた。「景武台の末端警備の警察官が裁判官にも大きな口をきくような時代。4日間取り調べを受け、450ウォンの罰金だった」

 60年の4・19学生革命や61年の5・16軍事クーデターの直後には休載を余儀なくされた。
 「(李承晩時代は)コバウが連行された、罰金を払ったというと、それを記事にする言論の自由があった。最も厳しかったのは朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の維新時代だ。何の記事も出ない。(一切の政府批判を禁じた)緊急措置9号の出たころはカミソリの刃の上を歩くような心境だった」
 「犬を描いても、これはわれわれを差しているから駄目だと言う。ようやく検閲を通過しても印刷に入ると『やはり駄目だ』という。1日に4回描いたこともあった」

「不快だ」

 朴大統領を南ベトナムのグエン・カオ・キ大統領と並べて描いたら、朴大統領が「不快だと本人に伝えろ」と言った。
 74年2月には中央情報部に連行された。「特定の漫画があったわけではない。40点くらい示して説明しろという。取り調べは5、6人で悪口を言うやつとか役割が決まっていた。私は殴られた方が後で説明しやすいと思ったが、殴られなかった。釈放されれば外国メディアが取材するから。立てないほどやられた人もいた」
 コバウが休載になると読者の問い合わせや抗議が相次いだ。読者の支援がコバウを支えた。
 全斗煥(チョン・ドゥファン)政権時代には、レーガン米大統領を風刺すると文化公報相に呼び出され「移民しろ」と怒鳴られた。全大統領は「金先生は頭痛の種だ」と言っていたという。
 87年末の大統領選挙では候補一本化をしなかった金大中(キム・デジュン)、金泳三(キム・ヨンサム)両氏を厳しく批判する漫画を連発した。
 金は「裕福で良い家に育った人には漫画は描けない。苦労したことが漫画には良い影響を与えた」と半世紀を振り返った。
 2000年にはコバウ誕生50周年を記念した切手が発行された。「独裁が終わり、民主化されたから、50年でやめた。独裁が続いていれば義務としてでも描かねばならないが、(半世紀の連載は)ある意味では成功だったと思う」

各地で「偽物」出現

当局よりひどい編集局長も

 韓国ではコバウ人気にあやかろうと「コバウ」という居酒屋や喫茶店なども現れた。作者の金星煥を悩ませたのは、全国各地に出現した「偽コバウ」たちだった。
 「地方で、私を接待したという。コートの内側に金星煥の名前があったというから手が込んでいる。また、自動車部品工場から代金を取りに来て、私を見て偽者にだまされたと分かり帰った。女性から電話がかかり『私よ、私!』というが、身に覚えがない」
 権力にも困ったが、新聞社内部の「権力」にも悩まされた。
 「ある編集局長は中央情報部よりひどかった。これを直せ、これはやめようと2、3日に一度ずつ文句を言ってきた。彼はその後、政界に進出した。権力によく見せたかったのでしょう」
 金の趣味は幼いころから切手集め。だが、普通の切手収集とは少し異なり、切手シートにある穴が関心の的だったりする。「大韓帝国末期の切手は1センチに9個の穴があるものもあれば8個のもある。これを見つめていると精神が集中し気持ちが清らかになる」
 画家たちが送って来た手紙の封筒を集めその展示会も開いた。文学者たちの肉筆の手紙も収集している。一度収集を始めると止まらない性格だ。
 新聞に毎日、漫画を連載しているので旅行にも行けなかった。今は妻と海外旅行に行くのが何よりの楽しみだ。日本の温泉も大好きという。(文 平井久志、文中敬称略)=2012年02月15日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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韓国・ソウル