黒人の選挙権拡大に生涯る

米公民権運動の語り部 逮捕、収監は数知れず

 1950年代から60年代にかけ、米社会はアフリカ系米国人(黒人)の公民権運動で揺れた。アニー・パール・エイブリー(68)は大きな変革をもたらしたこの運動の闘士だった。自分自身が指導者ではなく「フットソルジャー(一兵卒)」だったことを誇りとし、今なお差別と闘いながら若い世代に語り継ぐことを天職と考えている。
 米深南部アラバマ州の州都モントゴメリーから車で約1時間。アラバマ川をほぼ南北にまたぐ全長380メートルのエドマンド・ペタス橋を渡るとセルマの中心に至る。この橋は、黒人の選挙権拡大を求めた公民権運動指導者の故マーチン・ルーサー・キング牧師が主導した65年3月の「セルマの行進」の象徴として歴史に名を残している。
 同月7日、州都を目指す約85キロの行進が試みられたが、警官隊の実力行使で阻止された。「血の日曜日」として知られるこの日、エイブリーは行進の中ほどにいた。行進は同月下旬の3度目にようやく目的地に達した。

護身用ナイフ

 「前方から『殺される』という悲鳴が聞こえた。警官隊が催涙ガスを発射して逃げ惑う参加者を棒で殴っていた。ここがその現場よ」。それから45年余り、エイブリーは橋の南はずれにある「全国投票権博物館」を訪れた地元大学生グループに衝突の模様を説明していた。「私も抵抗し、あの日、唯一の逮捕者になったの」と豪快に笑う。
 アラバマ州バーミングハムで生まれた。幼少時から人種差別を目の当たりに見てきた。10代後半のころ、長距離バスで移動しながらターミナル待合室や食堂の差別に抗議する「フリーダム・ライダーズ」に合流するつもりで、バーミングハムからモントゴメリーまでの乗車券を買ってバスを待った。そこで師と仰ぐ公民権運動家ウィルソン・ブラウンと出会った。
 エイブリーは護身用に買ったナイフをハンドバッグに忍ばせていた。これを知ったブラウンは「非暴力」を盾に彼女の参加を拒んだ。「それって何って尋ねたら、『たたかれてもたたき返さないことだ』と説明してくれた」。血気盛んなエイブリーは「ついて行けない」と思い、乗車券を払い戻して自宅に戻った。

 「非暴力」の考え方にはなじめなかったが、ブラウンの勧めでジョージア州アトランタに移り「学生非暴力調整委員会(SNCC)」の活動に参加。タクシー運転手もやり、運転手の組合を率いた。「非暴力」は目的でなく公民権運動の手段と考えるようになった。
 何度も逮捕、収監された。「15回を超えたところで数えるのをやめた」

自由に舞うワシ

 日曜午後のセルマ市内は静まり返り、幹線道路沿いのファミリーレストランには教会帰りとみられる正装の家族連れが次々と訪れていた。白人も散見されるが大半が黒人だ。地元大学の関係者は「白人は郊外に移って新しい町を築いた」と言っており、共存の道が遠いことをうかがわせる。
 週明け、エイブリーはセルマ郊外のユニオンタウン小学校を訪れた。公民権運動の歴史教育を実践する地元の弁護士ローズ・サンダースがエイブリーを語り部として招いた。資料によると、児童534人の「99・8%」は黒人という。
 冒頭、サンダースが「私たちは(飛べない)鶏ではなく(大空を自由に舞う)ワシだ」「アニー・パールもワシだった」と声を発する。図書室に集まった約40人の児童が大きな声で唱和してエイブリーを歓迎、体験談に耳を傾けた。
 わが子2人は母親に預け、運動一筋の人生を歩んできた。黒人の権利はまだ制限されていると訴え、今でもプラカードを手に街頭デモに立つ。「他人の権利が侵されるのを見過ごすことができない性分」は健在だ。
 「私たちのために誰かが行進し苦難に遭った。そして貴重な選挙権を勝ち取った」―お気に入りの“公民権運動賛歌”を繰り返し聴くエイブリーの脳裏に浮かぶのはかつての仲間たちだ。「『退役運動家』としての私の使命は自分の体験を次世代に語り継ぐこと」と言い切った。

「セルマの行進」が契機に

選挙権拡大、遠い道のり

 アフリカ系米国人(黒人)が民主主義の基本である選挙権を拡大するまでには長い道のりを必要とした。1870年に人種や肌の色による差別を禁止する米憲法修正15条、1920年には女性参政権を認める同19条が成立したが、人頭税や読み書きテストなどさまざまな制限があり、事実上の差別は続いた。
 アラバマ州セルマの全国投票権博物館によると、61年当時、セルマを含むダラス郡の黒人有権者約1万5千人のうち選挙人登録をしたのはわずかに156人だった。この状況を変えたのが、65年3月の「セルマの行進」だ。
 同年2月、同州マリオンで開かれた集会に参加した若者が警官に撃たれて死亡したことが、セルマから州都モントゴメリーを目指す抗議の行進につながった。
 3月7日の最初の試みは市街を出てエドマンド・ペタス橋を渡った所で州警察に実力で阻止された(血の日曜日)。参加者が警官隊に殴られる光景はテレビでも放映され、全米の注目を浴びた。9日の2度目は衝突回避のため自発的に引き返した。その後、21日に3度目のスタート。道中で4泊し、25日に州議会議事堂に到達。4千人で開始した行進は2万5千人に膨れ上がっていた。
 同年8月、ジョンソン政権下で成立した「投票権法」は黒人の選挙権を拡大した。(文 宮脇英朗、写真 鍋島明子、文中敬称略)=2012年02月01日 )

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夕闇迫る中、アラバマ川に架かるエドマンド・ペタス橋にたたずむエイブリー。その眼鏡には、1965年の「セルマの行進」で橋を渡る人々の姿が映し出されているようだった=米アラバマ州セルマ