響く半世紀の歴史

創生期の魅力を伝える  戦争、混乱期を乗り越え

 黒ぶちのメガネに後ろで結んだ長い髪、個性的ないでたちの申官雄(シン・グァンウン)(65)がグランドピアノの前に座り、おもむろに哀愁漂うフレーズを弾き出した。8小節のイントロに導かれ、3本の管楽器がメロディーを重奏する。ジャズのスタンダード曲、ブルー・ボッサだ。グラスを傾け談笑していた客たちが、一斉に「ジャズ第1世代バンド」のメンバーに目を向け、拍手と歓声を送った。
 バンドのメンバーは、韓国ジャズ創生期の1960年代から活躍してきたベテランのミュージシャンたち。2001年に結成され、ライブやコンサートを重ねてきた。これまでに2人が死去。残った6人が中心となって毎週木曜夜、ソウル市内にある申の経営するジャズクラブ「ムーングロウ」で演奏を続ける。

混乱期の中で

 「テキストなんてなかったからね。米軍のラジオ放送で演奏を聴いて、必死にまねしたんだ」。バンドで最年長のクラリネットの李東基(イ・ドンギ)(73)が、懐かしそうに駆け出しの時代を振り返る。朝鮮戦争の傷痕もまだ生々しい混乱期だった。テナーサックスの金秀烈(キム・スヨル)(72)が「誰もが貧しくて、いつも腹を空かせていた」と記憶する時代に、メンバーたちはジャズに心を奪われた。
 在韓米軍基地のステージでプロとしての第一歩を踏み出した。将校たちを相手に、ダンス音楽やポップスを演奏する日々。米軍経由でジャズのレコードやテープを入手し聴きあさった。楽器の腕に覚えのある兵士がいると、深夜までセッションに興じた。
 「演奏のレベルが低いと言われ、悔しくて食事もせずに練習する。そんな毎日の繰り返しだったよ」。ドラムスの林憲秀(イム・ホンス)(63)が話すと、パーカッションの柳福星(ユ・ボクソン)(70)が「俺は最初からレベルが高かったぞ」と、すかさず合いの手を入れる。「そのかわり、妻には逃げられたけどな」。メンバーたちから、どっと笑いが起こった。
 女性ボーカルの朴星妍(パク・ソンヨン)は78年11月、韓国人による初のジャズクラブ「ヤヌス」を開いた。ジャズを解する客はほとんどおらず、リクエストは「畑違いのプレスリーぐらい」。だが、月に1度開いたセッションが、韓国人ジャズミュージシャンたちにとって貴重な鍛錬の場となった。店は現在も営業を続け、自らも時折ステージに立つ。

生きている限り

 韓国では、82年まで午前0時以降の夜間外出禁止令が敷かれ、80年代末まで軍事政権が続いた。ジャズを演奏するには「冬の時代だった」と朴は言う。だが、民主化とともに「一気に環境が変わった」。海外渡航が自由化され、90年代からは、ジャズを学びに海外へ留学する若手ミュージシャンが次々と現れた。
 今は、飲食店でBGMにジャズが流れる。ライブハウスで若手のジャズに接すると、先達たちのサウンドは“昔話”のようでもある。だが、メンバーたちに焦りや迷いはない。「年を取って分かることもある。若者には出せない味が、われわれにはあるんだ」。李はビブラートを効かせたクラリネットの音色を、しっとり響かせた。
 2010年12月、「ジャズ第1世代バンド」の活動と軌跡を収めた映画が韓国で公開され、ライブでは客席に若者の姿も目立つようになった。11年はじめ、「ムーングロウ」が経営難で閉店を決めると、バンドのファンを中心に支援の輪が広がり、募金も寄せられた。「おかげで、しばらくやめられなくなってしまったよ」。ピアノの申はちょっと照れくさそうに笑みを浮かべた。
 演奏を終えると、バンドのメンバーたちは出演料をポケットにしまい、愛用の楽器をケースに収めて、それぞれの家路に就く。そうした「日常」を半世紀ほど続け、歳を重ねてきた。
 帰り際、トランペットの崔善培(チェ・ソンベ)(68)に尋ねてみた。「このバンドは、いつまで続くのですか」。お気に入りの黒の帽子をかぶった崔は、握手の手を差し出しながら、笑顔で答えた。「最後の1人がくたばるまでさ。生きている限り演奏する。それがジャズマンだからね」

民主化とともに広く浸透

若手が活躍、日欧で人気も

 韓国のジャズの歴史は意外に新しく、広く知られるようになったのは1990年代だ。民主化以降、数多くのCDが輸入されるようになり関心が高まった。映画やドラマの音楽としてジャズが使われたことをきっかけに、若者たちにも浸透していった。
 2006年6月に創刊したジャズ専門誌「ジャズピープル」編集長、キム・グァンヒョン(42)は「1980年代まではジャズは特殊な音楽というイメージで、知っている人は100人に1人もいなかった。終戦とともにジャズ文化が盛んになった日本とは大きく異なる」と話す。ホテルを除けばライブの聴ける店は90年代まで大半が違法で、警察の摘発を受けた例もあった。
 韓国で「ジャズマン」と言えば50年代に日本に密航してサックス奏者となり、後に作曲家として名を成した吉屋潤(キル・オギュン)(日本名はよしや・じゅん)が有名だ。2000年代に入ると、米国などに留学した若手が活躍、日本や欧州でも人気を得るミュージシャンも現れた。
 ソウルには10軒ほどのジャズのライブハウスがあり、日本や米国などのミュージシャンが公演することもある。金は「韓国では若いジャズファンが増えており、ミュージシャンの実力も上がっている」と指摘。「10年後は、韓国のジャズがより活発になっているはずと期待しています」と話す。(文・写真 佐藤大介、文中敬称略)=2011年12月21日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

韓国のジャズ専門誌「ジャズピープル」のキム・グァンヒョン編集長。韓国のジャズシーンは「まだ発展途上」と言うが、若手ミュージシャンの活躍やファン層の広がりで、今後はより充実していくと期待する=ソウル市内