超大国の政策揺さぶる

緻密な草の根、権力を監視 「核なき世界」へ世論後押し

 米ホワイトハウスの広場にクリスマスツリーが飾られ年の瀬ムードが漂う2010年12月、核問題に関わる専門家や非政府組織(NGO)関係者に1通のメールが回った。
 「デービッドの工作のかいがあって新戦略兵器削減条約(新START)の批准承認審議が上院で始まることになった」
 デービッド・カルプ(61)はワシントンでも珍しい反核ロビイストだ。徹底した反戦・非暴力で知られるクエーカー教徒のロビー団体「全米立法友好委員会(FCNL)」に所属する。
 カルプが組織する草の根レベルの連帯が、「核のボタン」を握る権力を監視し、核超大国の政策を揺さぶってきた。「核なき世界」を支持する世論には頼もしい存在だ。

軍縮界のサムライ

 米中西部インディアナ州に生まれ育ったカルプは地元大学を卒業後、20代でロビーの世界に。
 振り出しは1970年代のインディアナ州議会での工作だった。電力会社が原発の建設に着手、設備投資のために電気料金が2倍になる見通しとなった。カルプは消費者団体と組んで建設阻止へ向けた活動を展開、「鍵を握る議員の地元に行き、有権者に建設反対を直接訴えた」。4年間の闘争の末、料金値上げを認める法案の通過を阻止、原発建設も見送られた。
 80年代に入り、「より大きな試練に挑戦したい」と、ワシントンに乗り込む。カルプは「大きな池で泳ぐ小さな魚のようだった」と当時を振り返るが、今ではその「小さな魚」の力量を知らない関係者はいない。
 「デービッドはNGOの活動を議会に浸透させている」と語るのは全米科学者連盟の核専門家ハンス・クリステンセン。有力NGO、プロウシェアズ基金の理事長ジョー・シリンシオーネも「議会を知り尽くした彼こそ、この世界のサムライだ」と深い信頼を寄せる。
 「核兵器は非常に重要な問題だ。使用された場合の惨状はとてつもない」。核問題に傾斜した動機をカルプはこう話す。
 ブレザーとチノパンツで議会を回る腰の軽さが売り物だ。高級スーツを身に着け、会員制クラブで議員と密会するロビイスト像にはほど遠い。レストランやバーで従業員に気軽に話し掛け「どこの大学? あの先生なら知っている。会いに行くといい」という具合に、たちまち人の輪をつなぐ。

次なる照準

 92年以来、米国は核実験を行っていない。カルプが全米の反核・軍縮団体と奔走して成立させた核実験停止条項があるからだ。この時、カルプは「静かなキャンペーン」を心掛けた。法案に否定的なブッシュ政権や核研究機関を刺激したくなかったからだ。
 まず軍縮に熱心な民主党議会指導部を巻き込み、共和党の一部も味方に付けて上院で50人以上が共同提案者に名を連ね、法案を91年秋に提出。当時のブッシュ大統領は拒否権行使をちらつかせたが、大統領の地元テキサスの巨額公共事業に関する別の予算関連法案に実験停止条項を盛り込ませて拒否権を封じ、1年後に成立した。
 「ブッシュは再選のためにどうしてもテキサスを押さえたかった」とカルプ。選挙戦と絡めた作戦が的中した。
 「この1年の大きな勝利は上院による新STARTの批准承認だが、実はみんなが考えるより、われわれは敗北に近かった」。11年11月5日、ワシントン市内のホテルで開かれたFCNL総会でカルプは静かに語った。
 FCNL事務局次長のジム・ケイセンによると、勝利の裏にはカルプの「調査メモ」があった。
 態度を決めていない議員の過去の投票行動や発言を徹底的に調査したメモを基に「標的」を設定。標的とした議員の地元に運動員を送って有権者を説得し、議員に批准を働き掛ける“どぶ板方式”の末、オバマ政権と対立する野党の一部議員からも支持を取り付けた。
 12年秋の大統領選を前に、米国は政治の季節に入った。「次の目標は包括的核実験禁止条約(CTBT)。選挙前に議会批准へ動くのは難しい。勝負は13年だ」。この道一筋のベテランは次なる大一番に照準を定めている。

コネとカネがものいう世界

政界動かす大物ロビイスト

 ロビイストは「コネ」と「カネ」がものをいう世界だ。「なぜ彼らが議員を辞めてロビイストをやるのか。それは電話一本で仕事ができるからだ。昔のよしみで、多忙を極める議会指導部が電話を返してくれる」。ある議会関係者のこの言葉が、米政治を動かす大物ロビイストの本質を物語る。
 元下院議長で駐日大使も務めたトーマス・フォーリーに代表されるように、有力ロビイストの典型は元議員か議会上級スタッフ経験者で、法案の命運を握る議会指導部と容易に接触できる「コネ」が大きな武器だ。
 在米日本大使館も2006年、共和党下院院内総務を歴任したロビイスト、ボブ・マイケルを高額で雇い、日本の「歴史的な責任」を求めて下院に提出された「従軍慰安婦決議案」の阻止に動いた経緯がある。
 「カネ」にものをいわせるロビイストも多い。ブッシュ前政権を巻き込んだ政界汚職で11年2月に連邦地裁から実刑を言い渡されたジャック・エーブラモフはその代表格だ。エーブラモフはカジノ産業から得た6千万ドル(約50億円)以上のロビー報酬を武器に共和党有力者に食い込んだ。議員への見返りは数万ドルの豪華海外ゴルフ旅行だった。
 そうした米政界で、非政府組織(NGO)と議会をつなぐカルプのような「草の根ロビイスト」は異質の存在だ。(文 太田昌克、敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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全米立法友好委員会(FCNL)のメンバーの女性(左)、民主党のロレッタ・サンチェス下院議員(中央)と記念写真に納まるカルプ。サンチェスは核不拡散強化の立法を促進し、FCNLから表彰された=ワシントン(デービッド・カルプ氏提供)