動物に「緑の回廊」を

失われた森を再び  ボルネオの「川の民」

 午前中なのに照り付ける熱帯の日差しはジリジリと肌を刺す。じっとりとした雨期の空気と草いきれに包まれた川沿いの土地で、黄緑色のユニホームに身を包み、腰の高さにまで伸びた草を刈る5人の女性がいた。
 その中でひときわ小柄なミスリハ・オソップ(55)が、腰を伸ばし、流れ落ちる汗を拭く。
 ボルネオ島のマレーシア・サバ州、キナバタンガン川沿い。人口1200人ほどの小村スカウの一角で進む植林作業は厳しい作業だ。ミスリハたちは毎月20日間、粗末な小屋で自炊をしながら共同生活し、失われた森をよみがえらせるという気の長い仕事に取り組む。

アブラヤシの海

 カラフルなくちばしと羽を持つサイチョウが行き交う森にテナガザルの声が響き、テングザルも姿を見せる。ゆっくりとした動きで木々を移動してきた茶色い影は、絶滅が心配されるオランウータンだ。長い手足を器用に使って果実を口に運ぶ。原生の熱帯林が残る村の周囲は、絶滅が心配される野生生物の楽園に見える。
 だが、ミスリハは言う「昔はオランウータンやゾウなんてめったに見かけなかった。彼らは森の中で暮らし森は今よりもずっと深かった」
 多くの森が、森林伐採で荒れ地に姿を変え、最近ではバイオ燃料や植物油を取るためのアブラヤシだけを広い範囲に植えるプランテーションが急拡大し、破壊に拍車を掛けた。
 広大な生息地を必要とするゾウやオランウータンにとって、生息地の「分断」は致命的だ。限られた土地の中に閉じ込められた動物は徐々に数が減る。餌を探して、あるいは別の生息地を求めて森を出るゾウなどは農場に入り込み、人間と衝突する。野生動物は敵視されるようになり、殺され、傷つけられる動物の数は増える一方だ。
 「アブラヤシの海に浮かぶ小島のような森をつなぐように荒れ地に木を植え、動物に『緑の回廊』をつくってやることが、彼女たちの仕事です」と植林事業を進める環境保護団体「フタン」のメンバーが言う。

土地の力

 ミスリハは、キナバタンガン川のほとりに暮らす「川の民」だ。木で編んだ漁具でエビや魚を捕り、森にキノコや果実を探す。飲み水には事欠かず、豊かな農地にも恵まれた。
 「夫に先立たれ、一人息子を育てるのに必死だった。森に囲まれて育ったけど、気付いたら森はやせ細り、エビの数もずっと少なくなった。川の水も昔はもっときれいだったのに」
 そんな彼女の目を開いたのは5年ほど前、フタンの事業で村にやってきた海外からの植林ボランティアの姿だった。
 「外国の人がやっているのに、私たち『川の民』がそれをやらない訳にはいかないでしょう」と照れくさそうにミスリハが振り返る。
 2009年に1カ月ボランティアとして植林に取り組み、この1月からはそれが「本職」になった。
 作業は、伐採された木材の集積場だった荒れ地に根を張った草を刈ることから始まる。きれいになった土地に一定の間隔で苗木を植える。大変なのはそれからだ。苗木は放っておくと、あっという間に育つ草に覆われて枯れてしまう。苗木を傷つけないように、周囲の草を刈る作業は、かなりの熟練を要する仕事だ。
 「もういい年なんだし、重労働で体を壊すから」と子供や孫には反対されたが、決意は固かった。「孫たちがこの森でオランウータンやゾウを見ることができなくなったら大変でしょって言ったの。村に観光客も来なくなるし」
 同僚は皆、自分の娘のような年頃だ。「料理は手慣れているし、人生の先輩でもある彼女はここにはなくてはならない人」「あんなに小柄なのに、一度、植林を始めると止まらなくなる。とにかく、仕事、仕事、仕事なのよ」と職場での評価は高い。
 「環境保護団体からわずかな給料が出るだけだけど、お金が問題じゃない。09年に私が植えた木は、もう私の背より高くなったのよ。この土地にはまだまだ力がある。よみがえった森を目にするまで、幾つになっても続けるつもりよ」

日本の団体も保全に協力

募金でつり橋づくりも 

 森林伐採やアブラヤシのプランテーションの拡大などが原因で進む生息地の分断は、オランウータンやアジアゾウの減少の大きな原因だ。
 保護区を設けてもその範囲が狭く、他の地域への移動ができないと、広い範囲の生息地を必要とする野生生物は生きてゆくことが難しくなる。
 「緑の回廊」によってばらばらに存在する保護区のネットワークをつくることは、この問題を解決するための重要な手段だ。マレーシアでは2006年10月、回廊づくりのための土地購入などを進める「ボルネオ保全トラスト(BCT)」が設立された。
 08年12月には、日本の専門家や市民、研究者らがNPO法人「ボルネオ保全トラストジャパン」を立ち上げ、回廊づくりのための募金集めや普及啓発活動、オランウータンが行き来できるように森の中につり橋をつくるプロジェクトなどに取り組んでいる。
 BCTジャパンの坪内俊憲(つぼうち・としのり)理事長は「ボルネオの原生林を切り開いて生産されたアブラヤシの植物油は日本にも大量に輸出され、チョコレートなどのお菓子や口紅などに広く使われている。ボルネオの森林破壊は日本人の生活にも深く関わっている」と指摘。「日本企業は森林を破壊しない形で生産された植物油だけを輸入するといった責任ある行動を取るべきだ」と話している。(文・写真 井田徹治、文中敬称略)=2011年11月30日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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かまを手に、植林した木の周囲の草を刈るミスリハ。炎天下での長時間の作業は重労働だ=マレーシア・サバ州のスカウ村近郊