民族、宗教の壁乗り越えて

包囲の街に散った2人 戦後16年、今も続く対立

 戦火を逃れ国外に脱出しようとした恋人2人は銃弾に倒れた。ボーイフレンドのボシュコは即死、アドミラは力の限りはって恋人に近寄り、まだ温かい恋人の遺体を抱き寄 せて自身も息絶えた。
 1993年5月、内戦真っただ中のボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。セルビア人勢力とイスラム教徒が殺し合いを繰り返し、双方がわずか100メートルの距離 で対峙(たいじ)する中での出来事だ。
 サラエボの同じ大学で学び、当時24歳のボシュコはキリスト教徒のセルビア人、25歳のアドミラはイスラム教徒だった。かつては同じ国民だった民族同士が憎み合う中 で運命を共にした2人は、内戦の悲劇の象徴として「サラエボのロミオとジュリエット」と呼ばれるようになった。

色あせた民族共存

 「毎晩、2人を思い出すよ。誰が撃ったのか、いまだに分からない」。アドミラの父ジヤフ(67)が重い口を開いた。3年半余りの包囲戦を生き延び、今もサラエボに暮らす。山々に囲まれた人口約40万の古都で、内戦中1万2千人ともいわれる人々が犠牲になった。
 いつも陽気に歌を歌い笑顔を絶やさなかったボシュコ、幼いころから父親が働く自動車整備工場で遊び機械いじりが好きだったアドミラ。2人は故郷のサラエボで冬季五輪が開かれた84年に恋に落ち、将来を約束した。
 「ボシュコとアドミラは民族の違いなんて気にもしなかった。彼らの死は戦争の愚かさを人々に伝えている」
 サラエボでは内戦前、異なる民族同士が隣近所に暮らし、ごく普通に他の民族と結婚していた。娘と将来を誓ったボシュコは息子も同然だった。「みんな同じ人間だ。戦争で子供を失っても、その気持ちは変わらない」
 95年の内戦終結から16年。砲撃で破壊された街並みは再建が進み、2人が倒れた街中心部の川沿いの並木道は朝夕、通勤の車で混み合う。だが、街の様相はこの間に一変した。セルビア人は次々と故郷を去り、イスラム教徒が多数を占めるようになった。子供たちは自分の民族の学校で同胞と机を並べる。民族共存の伝統は色あせた。

 「セルビア人もイスラム教徒も自分たちに都合のいい歴史を子供に教えている」とジヤフ。「これでは対立だけが次世代に受け継がれる。2人の死からなぜ教訓を学んでくれないのか」
 サラエボでは今、イスラム教徒の子供が、殺したセルビア人の数を競うコンピューターゲームに興じ、隣接するセルビア人地区では若者がイスラム教徒をののしる。
 隣国セルビアの農村で暮らすボシュコの母ラドミラ(73)は「2人のことを覚えておいてほしい。彼らの死を無駄にしないで」と祈るように言う。家族を殺された人たちの怒りや悲しみは分かる。でも、内戦を知らない若者同士までなぜ憎み合うのか―。

2人の遺志

 サラエボの女子大生ヤスミナ(23)が2人の悲劇を知ったのは半年ほど前のことだ。自身はイスラム教徒の血を引き、恋人の大学生スルジャン(24)はキリスト教徒。インターネットで偶然、目にした2人の物語は自分たちと重なる。
 内戦中は家族と国外に避難しており、若い2人は戦争を知らないし、親から当時の経験を聞いたこともない。「でも、大学では、学生の多くが誰がどの民族か気にしている。戦争の話を聞いて育ったからだろうけど」と声を落とす。
 2人の悲しい運命には胸が痛んだが、ヤスミナはどこか力づけられもした。「憎しみからは何も生まれない。2人はそう教えてくれたように思う」。国や民族にとらわれず、未来を向いて生きたい。「僕たちが結婚して家庭を持ったら、偏見のない子供を育てるんだ」と、スルジャンがヤスミナの肩をそっと抱く。
 ボシュコとアドミラはサラエボの高台の墓地に眠る。同じ年に生まれ、同じ街の空気を吸って育ち、死ぬときも一緒だった。「もう誰も彼らを引き裂くことはできない」とラドミラ。人々がどう生きていくのか、2人は丘の上から見守っている。

引き裂かれたモザイク国家

「共存」から「対立」に

 ボスニア・ヘルツェゴビナは人口約380万、旧ユーゴスラビアの中央部に位置する。15世紀から約400年間、オスマン帝国が支配し、現在はイスラム教徒とセルビア正教徒のセルビア人、カトリック教徒のクロアチア人の3民族が暮らす。各民族とも言葉は同じだ。
 ボスニアは1992年の国民投票を経て独立を宣言したが、人口の約3割を占めるセルビア人は投票に参加せず、セルビア人地域の独立を宣言。各地で衝突が起き、長年共存した3民族が血で血を洗う内戦に突入した。
 中でもイスラム教徒が多数を占めたサラエボはセルビア人武装勢力に包囲され、人々は極度の食料不足と電気もガスもない生活を送った。ある男性市民(48)は「1日の食べ物は少量の小麦粉と米、スプーン1杯の缶詰肉だった。砲撃だけでなく、病気でも大勢が死んだ」と振り返る。
 ボスニアの内戦は「第2次大戦後の欧州で最悪」とされ、20万人ともいわれる死者を出して95年に終結。3民族の和平協定により、国土はイスラム教徒とクロアチア人主体のボスニア連邦、セルビア人共和国の二つの国家内国家に分断された。
 内戦は複数の民族が混在するコソボにも飛び火。2008年の独立後も民族間の衝突がたびたび発生、死傷者も出る状況だ。旧ユーゴ内戦に端を発した民族対立は今も続いている。(文 森岡隆、文中敬称略)=2011年11月16日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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アドミラの実家に大切に保管されている、ボシュコとアドミラの写真。内戦前の幸せなひとときが写し込まれている

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