おおらかで自由な愛の形

ピナトゥボ少数民族アエタ 女性の評価は生活能力か

  フィリピンのルソン島は雨期の真っただ中だった。ぬれたバナナの葉が鮮やかな緑に輝き、空気はひんやりとしていた。
 スービック経済特区から車で西へ約1時間。訪ねた山岳少数民族アエタの村バライバルには、小さな山の斜面に沿って竹で造った納屋のような家が50棟ほど並ぶ。彼らはちょうど20年前のピナトゥボ山の大噴火で低地に降りた山の民だ。
 伝統の狩猟用具などを土産物として売り、ほそぼそと暮らしを立てている者がほとんどだったが、陽気でよく笑う。山の暮らしで鍛えられたせいか、小柄だが年配者もぜい肉のない頑強そうな身体をしている。
 褐色の胸板をさらしてはだしでさっそうと歩く37歳のルディ・ソロモンに妻とのなれそめを聞くと「結婚するなら子どもがいないとね」と言う。
 何か聞き間違えかと思ったが、そうではなかった。ルディは「結婚相手は子連れ女性に限る」と言い切る。「子どもがたくさんいる女ほど働き者だ。子どもがいない若い女だと、一からいろいろと教えなきゃならない」

女性の生活力重視

 実際に彼は7人の子がいた8歳年上のペルラと10年前に結婚している。16歳で一度、同世代の女性と結婚したが「若い女には懲りた」そうだ。
 フィリピンの少数民族を撮り続けた写真家・小林宏史(こばやし・ひろふみ)(故人)に「一部の山岳少数民族の男性の間では、女性は年を取るほど魅力が増すと考えられている」とかつて聞いたことを思い出した。山の過酷な環境では、女性は何よりも生活能力が重んじられるのか。
 ルディがペルラを見初めたのは、火山噴火後に身を寄せた避難民キャンプ。夫がいると知りながら、果敢にペルラをくどいた。当然のことながら「前夫とルディはけんかになった」とペルラ。
 結局、前夫は子を連れてキャンプを出て行った。そこまでして再婚した訳をペルラに聞くと「あのころは心も体もまだ若かったからねえ」と懐かしむように言うだけだ。
 結婚式では、ろうそくの火をみなで囲み、アエタの神アポナマリアリとキリストに祈りをささげた。アエタは精霊信仰を続けてきたが、「ボーンアゲイン」と呼ばれる宗派などの勧誘でキリスト教に改宗した者が多い。「アポナマリアリとキリストは同じ神様だと分かった」とルディは言う。

 結婚の際、男性は女性の実家に「水牛3頭とブタ2頭」を贈る。「それができれば妻は何人いてもいい。山では妻が5人いる男もいた」
 横でペルラがたしなめるように「そんな男は千人に5人しかいなかった」と妙に具体的に言い添えたが、アエタの間では一夫多妻は珍しくなく、そのうえで、男女とも離婚、結婚を生涯、目まぐるしく繰り返す。
 年月の感覚があいまいな彼らから、年齢を確かめるのは一苦労だった。ルディは当初「33歳だ」と言ったが、低地の高校にも通った先妻との間に生まれた18歳の娘の証言でしぶしぶ訂正した。
 年配者同士は、もっとさりげなく結ばれる。

初恋の人と再会

 サンバレス州カバガンに住む76歳のオルランド・ブラタオと75歳のアデラは7年前に結婚。2人とも深い山の中で育ったが、今は低地に暮らす。
 オルランドにとってアデラは「初恋の人」だった。「美人でやさしく、子どもの時から好きだったんだが、いとこに取られちまった」
 親類の出産の手伝いに来たアデラと数十年ぶりに偶然出会ったオルランドは、大喜びで彼女に駆け寄った。ともに配偶者とは死別していた。
 「キスをしたいけど、左頬と右頬とどちらがいいかい?」
 「じゃあ、左に」
 キスの後、彼はアデラを抱き締め、アデラもその腕の中で身を任せた。これが突然のプロポーズとその返事だった。2人は1週間後に子どもらに祝福されて式を挙げた。
 アエタ研究家のガイ・ヒルベロによると「アエタはこの国の少数民族の中でも最も穏やかで平和的民族」。おおらかな愛の形と民族性は絡み合っているようにも思えた。
 帰路、ピナトゥボ山を目指してぬかるむ道を進んだ。しかし、台風で途中の川が氾濫。アエタたちにも「ここから先は危険」と止められた。「あの山だ」。指さされた雲の下にかろうじて、彼らの聖地の稜線(りょうせん)だけが見えた。

国の進路変えた世紀の噴火

低地で貧困にあえぐ者も

 20世紀最大の噴火とされる1991年6月のピナトゥボ火山の噴火は、ルソン島中西部を火山灰の砂漠のような光景にした。成層圏に達した灰は太陽光をもさえぎり、地球全体の平均気温を約0・5度下げたとされる。
 「昼間なのに隣の人が見えないくらいの闇に包まれた」「山中の洞窟に逃げた100人以上が火砕流に焼かれて死んだ」など、当時の恐怖をアエタたちは証言する。
 この年、米国とフィリピンは米軍基地条約更新の協議を続けていたが、クラーク米空軍基地は灰に覆われて使用不能になり、米国は協議の結果を待たずにクラーク撤収を決めた。さらに同年9月、フィリピン上院は基地条約の批准を否決、スービック海軍基地も翌年に撤収、フィリピンから米軍基地はなくなった。
 その後、クラーク、スービックとも基地のインフラを生かした経済特区となり、基地時代の5倍以上の雇用を創出、急発展している。クラーク空港からは週10便以上の国際便が飛び、マニラからクラークへと首都移転案さえ浮上している。世紀の噴火はこの国の政治や経済の進路も変えた。
 アエタの多くは政府の施策で低地に再定住したが、サンバレス州などでは、いまだ十分な土地や生活圏を得られず、伝統文化から切り離されたまま、社会的差別や貧困にあえいでいる者も多い。(文 石山永一郎、写真 原田浩司、文中敬称略)=2011年10月26日

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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早朝、水牛に乗りピナトゥボ山の方角を目指すアエタの人たち。台風で川が氾濫し、列はなかなか前に進むことができなかった=フィリピン・タルラック州

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