踊りの力と愛を信じて

舞い降りるマジカルな瞬間 官能と悲哀で心揺さぶる

 トルコの弦楽器が切なく響き、長身を黒いガウンに包んだ31歳のオズゲンが舞台にふいに現れる。その一瞬で空気が熱く濃密になる。
 ガウンを取ると、滑らかな上半身を見せるボレロのスパンコールがライトを浴びて輝く。
 終わった愛をあきらめきれないアラビア語の歌に乗せ、女性的な曲線を描く指先。男性的でパワフルな腹部の動き。官能と悲哀。つかれたように客席の数百の目が追い、舞台と観客のエネルギーが絡み合う。
 オズゲンは、ロンドンを拠点に世界で活躍するトルコ人「男性ベリーダンサー」だ。丹精な横顔に栗色(くりいろ)の髪、繊細な長い指。優雅で力強く創造的な表現スタイル。数千年の歴史があるといわれ、トルコでは「オリエンタル」と呼ばれるベリーダンスに心血を一途に注ぐ。

生きるのに不可欠

 北キプロス・トルコ共和国生まれ。もの心ついた時から肩や腰を複雑に使う踊りができ、拍手がもらえないと泣いた。社会主義を支持する両親に連れて行かれた反政府デモの間も、踊る自分を夢想していた。難関の少年民族舞踊団の団員になり、各地で公演した。
 大学ではメディア論を学んだが、ダンスから離れられなかった。卒業後は両親の反対を無視し、「才能があるかどうかは分からなかったけど」ダンスの道に進んだ。
 イスタンブールで著名なミュージカルの出演者に選ばれ、ベリーダンスやモダンバレエを学んだ。ダンス学校でラテンや振り付けを指導したが、上司とうまくいかずに疲れ、ダンスを辞めようと思った。クラブに行ったり酒を飲んだり、若者の遊びもしてみたかった。
 旅した欧州で分かったのは、トルコ音楽が深いところで自分を揺り動かすこと、生きていく上でダンスが不可欠なこと。ベリーダンスと、それをトルコに広めたロマ人(ジプシー)のダンスこそが、自らの血に流れる表現方法であることだった。「最初からカリスマ性を備えてた」。オズゲンを見いだしたロンドンのライブハウス「プラネット・エジプト」のアン・ホワイトは言う。
 オズゲンには長いこと、秘密にしていたことがあった。文字がゆがんで見えたり重なって見えるなどで読み書きに困難を伴うディスレクシア(読字障害)を抱えていることだ。幼いころ、自分は頭が悪く何者にもなれないのだと思い悩み、自分の小さな世界に閉じこもった時期もあった。そんな時期でも踊ること、絵を描くこと、歌うことは大好きだった。いつしか踊ることが自分の表現方法になった。
 「普段は内気」だが、舞台では自分を解放できる。聞こえるのは音楽だけ。アドレナリンが体を巡り、観客の拍手が耳に入らないこともある。

 演技に満足したことはない。感動した観客の言葉や涙で、さらに高いレベルを目指し、踊ることへの愛が深まる。「セクシーなだけ」と見下す人もいるこの踊りの芸術性を認知させたいと願う。
 ベリーダンスの人気が高い欧米各国や日本から、公演や講師、振付師として招かれ「人生の半分は飛行機の中」だ。

無条件の愛

 「だから恋人なんてできないし、友達も少ない」。だがアーティストとして満たされている。「観客から受け取るのは深くて大きくて、無条件の愛なんだ」。ふわりと額に落ちた前髪を左手でかき上げる。「一人からは得られないスケールの愛だと思ってしまう」
 それでも飛行機の座席や一人で歩く街角で、涙がこぼれることがある。振り付けのアイデアを得ようとカップルに恋の話を聞いたり、空港でキスと抱擁を交わす恋人たちを目にした後だ。踊るために手放したものを思う。でも、「悲しみや孤独も、今は踊りで表現できる」
 心から愛する道を歩けているのは、複雑な歴史と政治に翻弄(ほんろう)され、国際的に孤立した故郷に生きる家族の影響だとも思う。政治的な闘いに挑む一方で、平和や美の尊さを信じる両親や画家の伯父。人としての強さ、芸術的感性が身近にあった。
   「ダンスの力を信じている。だから信じる何かを持っている人が好き。だけど原理主義的な宗教や政治は別」。争いはもう見たくない。舞踊や音楽は、民族や宗教、言葉や性別を超えて人の感情を揺さぶることを身をもって知っている。
 「マジカル(魔法のよう)な瞬間があるんだ」。数年前、最愛の恋人と別れた翌日。ステージに立ち音楽が流れると、自分を打ちのめしていた悲しみがエネルギーとなってあふれ出した。うねるトルコ音楽が引き出す即興の踊りに、観客のエネルギーが呼応し、一体となって昇華した。
 幸福に満たされていた。

人気、世界に広がる

「自分を愛せる踊り」

 「ベリーダンス」は体のすべての部位を使うダンスだ。その由来は「豊穣(ほうじょう)の女神への祈りの儀式」など諸説ある。呼称は西洋によるものだ。
 エジプト、トルコなどいくつかの様式があり、米国では中東からの移民による新しいスタイルも生まれた。その人気は世界に広がり、女性を中心に支持されている。華やかな衣装も魅力だが「自分自身を愛せるようになるダンス」というのが人気の理由のようだ。
 オズゲンは「瞑想(めいそう)やヨガに似ている」と言う。「忙しい生活の中で、ゆったりした音楽に合わせて自分に集中し内なる官能を確認する。男性にも女性にもいいことじゃない?」。ロンドンでは、レッスンに通う男性がここ数年増えたという。
 男性ダンサーも歴史的に珍しくはない。かつて女性は男性の前で踊ることができなかったからで、オスマン帝国時代の細密画には男性ダンサーが描かれている。オズゲンの生徒の一人で銀行員の女性ペトラ・シュネック(29)は「体の美しさに頼らない男性ダンサーの方が、見応えがある」と話す。
 オズゲンの故郷、北キプロス・トルコ共和国は地中海のキプロス島にある。同島では多数派ギリシャ系と少数派トルコ系の住民が対立、1974年のクーデター直後にトルコが派兵、北キプロスは83年に独立宣言をしたが、トルコ以外は承認しておらず経済状況は厳しい。(文 舟越美夏、写真 安井浩美、文中敬称略)

 

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

secondpicture

ロンドンの「プラネット・エジプト」で踊るオズゲン。一瞬で客席の注目を集め、会場の熱気を高める。踊る側と客席の「エネルギーがマジカルな瞬間を生む」という

つぶやく あいのことば