手をかけてつくる幸せ

伝統的な農法へ回帰 夫婦の危機も乗り越え

 7人きょうだいの長女に生まれたファン・ティ・ズンが家政婦として奉公に出されたのは12歳の時だった。ベトナム南部ベンチェ省の村で農業を営むズンの一家には十分なコメがなかったのだ。
 奉公先では家族が恋しくて涙がこぼれた。でも運命を嘆かないようにしよう、とズンは思った。
 だって、今日と明日をちゃんと生きていたらきっといいことがある。ある日、背が高くてハンサムな人が現れるはず。その人と土地を耕して家族を育んでいくの。「そう思ってたんだけど、現実はちょっと違った」。31歳になるズンはそう言って白い歯をのぞかせ笑った。ヒナギクが咲いたようだった。
 ズンは、同省ビンダイ郡農業普及所と日本の非営利団体が進める有機農法プロジェクトで、将来のリーダーにと期待されている。愛する人々を飢えや病気から守り、楽しく暮らす。それだけでいい。幼い頃から夢見た幸せな暮らしを実現しようと地域の女性たちを引っ張っている。

雷に打たれた

 ズンが2歳年上の夫、ファン・バン・チュックに出会ったのは約8年前。里帰りした時、家に遊びに来ていたのだ。
 チュックはズンの笑顔に「雷に打たれた気がした」。半年後に「結婚してくれないか」とそっと聞いた。「ハンサムじゃないけどとてもかわいい人」。貧しい農家の出身同士で苦労を分かち合えるとズンは思った。
 だが結婚生活は、夢のようにはいかなかった。
 2人には田畑がない。田植えや道路工事などの日雇い仕事や出稼ぎをするしかなかった。そのうえ気候変動によるとみられる海面上昇で塩害が広がり、農作業の仕事は減る一方だった。
 「このままじゃ生活は安定しない」。娘が学校に通う年頃になり、思いあぐねていた今年初め、ズンは村で開かれた貧困層対象の有機農法研修会に参加した。
 家の脇の狭い土地で、自家製の肥料を使い野菜や薬草を育てる。環境に優しい方法で家畜を飼う。農薬の代わりにアヒルを使ったり、ハイブリッド米でなく在来種を植える稲作。「簡単だし、すごく面白い」とズン。地元に伝わる知恵や伝統的な農法で、狭い土地でも家族を守れると感じた。

 夫婦は近所に小さな土地を借りた。初めてまいた空心菜(くうしんさい)の種は3夜で芽を出し、2週間で収穫できた。ショウガやカボチャも植え、野菜に使っていたお金を節約できた。「だんだん暮らしがよくなった」。栄養についても学び、ためたお金で土地を買おうと計画した。

一番大事なものは

 地域の人々が有機農法に関心を寄せる背景には、悲劇の歴史がある。
 ベトナム戦争中の1960年代、敵対する南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の活動を抑えようと、米軍が大量の枯れ葉剤をジャングルや田畑に散布した。大木を枯らし、戸外にいた子供たちの肌を焼いた液体が何なのか。人々は恐れながらも芽を出した植物を口にし、飢えをしのいだ。
 身体障害や知的障害を持つ人が多い。貧しさゆえ医師の診断を受けられない人が多いが、枯れ葉剤のせいではないかと人々は考えている。
 夫の弟も知的障害者だ。「将来、誰が面倒を見るのか、とても心配」とズン。だからこそ、と思う。「一番大事なのは家族の健康を守ることでしょう?」
 作物のように、幸せは手をかけてつくるものだとズンは知っている。
 実は、夫が身重のズンを残して出稼ぎに行ったきり、5年も帰ってこなかったことがあった。「理由はちょっと言えないんだけど」とチュックは下を向く。その横でズンはほほ笑むだけだ。
 ズンは彼の居場所を自ら突き止めた。「互いに許し合って一緒に暮らしましょう。子どももあなたが必要よ」。真っすぐに投げられた言葉で、彼はズンの元に戻った。
 そんな彼女も7月、所有者との関係で借りていた土地での耕作をあきらめなければならなくなった時は涙をこぼした。
 「大丈夫」。ズンはなお、ほほ笑む。「きょうとあしたをちゃんと生きていれば、家族と幸せに暮らせるはずだから」。お金持ちになんかならなくていい。でも、いつか家と土地が持てたら、作物と木をたくさん植えたいの―。

今も続く被害者の苦しみ

枯れ葉剤散布から50年

 ズンが住むベトナム南部ベンチェ省は同国でも最も貧しい地域の一つだ。現在はエコツーリズムで知られつつあるが、ベトナム戦争では激戦地だった。女性部隊を率いた南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の女性副司令官グエン・ティ・ディンもこの省の出身だ。
 米軍は1961年から、猛毒ダイオキシンを含む枯れ葉剤を中部、南部に散布。その量は約8千万リットルに上る。抵抗が激しかった同省には集中的にまかれた。
 ベトナム国内には散布開始から50年が経過した現在でも、土壌に高濃度のダイオキシンが残る「ホット・スポット」が多数ある。
 枯れ葉剤の被害者の苦しみは今も続いている。全土で被害者数は300万人以上とされるが、被害状況さえ十分に把握されていない。
 ビンダイ郡農業普及所のグエン・レ・トゥさん(51)も幼いころ枯れ葉剤を浴びた。「次女に知的障害があるのはそのせいかしら、と思う」
 普及所と有機農法プロジェクトを進める日本の非営利団体「Seed to Table」代表の伊能まゆは言う。
 「枯れ葉剤で一度、不毛となった地のせいか、特に貧困層に『有機農業は健康と自然を守り、持続的な経済発展をもたらす』という考え方が受け入れられやすい。家族の健康を気遣う女性ほど熱心なんです」(文 舟越美夏、写真 村山幸親、文中敬称略)=2011年09月07日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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有機農法プロジェクト参加者の家庭菜園でアドバイスする伊能まゆ(中央)とグエン・レ・トゥ(右)。菜園があるベトナム南部ベンチェ省はベトナム戦争の激戦地で、枯れ葉剤により大きな被害を受けた

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