憎悪の連鎖に決別

「許し」説き平和訴える 被爆した少年の半世紀

 プロペラ機の窓から米国の大地が見えた。被爆者の少年はノートを取り出し、ページいっぱいに「復讐(ふくしゅう)」と書いた。原爆で家族6人を失い18歳で渡米した胤森貴士(たねもり・たかし)(73)は今「戦争は一人一人の心が起こす。憎い相手を許そうとして初めて平和な世界が築ける」とはにかむような笑顔で語る。
 米カリフォルニア州バークリーに住む胤森は米各地で講演し「許し」を説き、平和を訴える。復讐を誓い「何とかして米国人を不幸にしてやる」と思いをたぎらせていた少年の半世紀後の姿だ。
 原爆で胤森は困窮のどん底に落とされた。身を寄せた親類には疎まれ、中卒後に神戸で住み込んだ質店では「職場の金を盗んだ」とぬれぎぬを着せられて追い出された。
 「この不幸は米国が原爆を落としたせいだ。何十年かかっても米国に渡って敵(かたき)を取る」。父の墓前で誓った。機会は意外に早くやってきた。米国への労働移住を広島市があっせんしていたのだ。

不条理

 仕事はカリフォルニア州デレーノのブドウ農園。過酷な労働の末に食中毒で病院に運ばれた。広島出身と分かると検査漬けになり、胤森は「研究材料では」と疑った。3カ月後、髄液採取の激痛に耐えきれず激しく抵抗、精神科に移された。
 メアリーという女性看護師がいた。他のスタッフと違い、胤森の手を優しく握った。忘れていた温かさ。「ぬくもりが体中を巡り、憎しみで凍っていた心が溶け始めた。敵であるはずの白人が人間の温かさをくれた」
 メアリーは胤森が退院できるよう尽力した。胤森は「自分も苦しんでいる人に手を差し出そう」とキリスト教の道を志し、神学校に入った。
 牧師になった胤森は神の愛を説き、地域に貢献する。だが、夜になると復讐心がよみがえり「父の墓前で約束したことを忘れない」という思いが支配する。神学校で知り合った妻にも言えない「二重の人生」だった。
 教会での生活は74年、あっけなく終わる。ある日、白人の上司に言われた。「胤森牧師、教会の人たちは日本人に導いてもらいたくないんだ。残念だが去ってください」

 妻と3人の子を養うために働いた洗車場で、客として来たその白人牧師に再会した。右手を出したが、相手は腕組みして仏頂面。こんな不条理があるのか。ショックと憤りで耐えられずトイレに駆け込み吐いた。吐くものがなくなると指をのどに突っ込み吐き続けた。
 「やはり復讐しかない」。反戦、反核集会で、被爆者として反米感情をむき出しにした講演を繰り返すようになる。
 「米国は芯からうそつきの国だ。キリスト教精神どころか、私を精神科にぶち込み、あらゆる場で差別する。アメリカンドリームではなく地獄の国だ…」。カリフォルニア州北部では名を知られるようになっていた。

白昼夢

 被爆40年目の1985年8月5日、この日も集会で講演する予定だった。会場に車で向かう胤森は真夏の太陽に輝く白い雲を見た。突然、これまでの人生が白昼夢のようによみがえり、苦しくなり車を止めた。
 11歳の長女、恵美(めぐみ)の声が聞こえる。「お父さんが復讐すると米国人がまた復讐する。それは私たちに来るんだよ」。生前の父の言葉も聞こえた。「戦争ではどの国の子供も傷つくのだぞ」
 講演会場に着いた胤森は、用意した草稿には目もくれず「許すことが大切」と話していた。「転換点だった」と胤森は振り返る。
 以来、集会で「許し」を訴えた。「真珠湾も許せというのか」と詰め寄る男性、南京大虐殺の本を突きつけた女性。言葉に詰まり、説明して逆に怒らせたこともある。
 米中枢同時テロに激しく怒り、ビンラディン殺害を喜ぶ米国民を見てきた。「自分も歩んできた道。理解できる。でも復讐は復讐を呼ぶ。許しに行きつかない限り、同じことが繰り返される」
 あと25年は生きたい―。ガンで胃を全摘、視力も低下し盲導犬と暮らすが、何でも食べるし酒も飲む。「ろうそくのような小さな灯かもしれないが、暗ければ暗いほど求められるような存在でありたい」と願う。

のしかかる医療費負担

体験語らない被爆者

 外国で暮らす被爆者は2011年3月現在4448人(被爆者健康手帳の所持者数)。うち974人が米国に住んでいるが、被爆体験を語ることのない人も多い。米国では公的医療保険制度が発達しておらず、高齢化する被爆者には医療費負担が重くのしかかる。
 06年、在米被爆者のうち138人にカリフォルニア大ロサンゼルス校などの研究者が調査したところ、前年の年収平均は1万6千ドル(約123万円)、医療費支出は平均約7千ドルに上った。単純計算すれば、年収の半分近くを医療費に費やしていることになる。
 被爆者であることで民間個人医療保険への加入を拒まれたり、非常に高額の保険に加入するしかないケースも多いことが指摘されている。
 厚生労働省による05年の国内外の被爆者調査では、在米被爆者の1割超が年5千ドル以上の民間医療保険料を払っていた。
 不安や困難を抱える一方、原爆投下を正当化する意見が根強い米国内での反発や偏見を恐れ、被爆体験を公に話す機会を持てない人も多い。
 昨年、米国やカナダで生きる被爆者たちを主題として完成したドキュメンタリー映画「ヒロシマ・ナガサキ・ダウンロード」(竹田信平(たけだ・しんぺい)監督)には胤森貴士(たねもり・たかし)さんの姿も描かれると同時に、被爆体験を「今まで話したことはない」という人たちの苦悩も収められている。(文 沢康臣、写真 鍋島明子、文中敬称略)=2011年09月14日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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自ら描いた絵が飾られた自宅アパートで盲導犬「ゆきちゃん」と触れ合う胤森。ゆきちゃんは、視力が低下した胤森の外出にいつも付き添うパートナーだ=米カリフォルニア州バークリー

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