村を変えた「蟻族」

都会で挫折、ネットで成功 北欧風家具で貧困脱却

 水田や麦畑が広がる農村に木材を加工する電動のこぎりの音が響く。中国東部・江蘇省の東風村、中国のどこにでもありそうな人口約4700人の村が今「インターネット・ショッピングの村」として注目を集める。
 「最初は難しかったけど慣れれば簡単さ」。村人たちが畑仕事の傍ら木工職人を雇って家具を作り、通販サイトに出品する。安くて丈夫な家具が人気を呼び、工場を建てて農業以上に稼ぐ人も。
 発展を続ける中国も「都市は欧州、農村はアフリカ」と言われるほど格差が大きい。東風村も都会に多くの出稼ぎ労働者を送り出してきたが、今は逆に受け入れる側だ。にわかに豊かになった秘訣(ひけつ)を探ろうと全国の地方政府から視察が相次ぐ。
 村を変えたのは、出稼ぎの辛酸をなめて帰郷した孫寒(29)だ。4年前に村で初めて家具のネットショップを設立、売り上げは順調に伸びて昨年は900万元(約1億1千万円)に達した。

挫折

 身長186センチ。バスケットボールで鍛えた体に青いチェック柄シャツが似合う。「ここ数年、春節(旧正月)以外は一日も休んでいない」。短髪に太い眉、話すときは相手から目をそらさない。
 孫は村では珍しく大学に進んだ。省都・南京で旅行業を学んだが、卒業しても満足な仕事が見つからなかった。
 最初の仕事は警備員。二段ベッドを並べた部屋に同僚7、8人と生活し、南京の住宅地を毎日12時間巡回した。月給は600元、携帯電話代や洋服代にも事欠いた。
 中国は大卒の就職難が深刻だ。ワーキングプア(働く貧困層)は「蟻族(ありぞく)」と呼ばれ、孫もその一人だった。都市の戸籍がないと採用しない企業も多く、農村戸籍の孫には高い壁だった。
 その後、上海で運送員に。月給はさらに低い400元、天井まで1メートルの屋根裏部屋で寝起きした。ネオンがきらめく観光名所の外灘(バンド)まで徒歩10分なのに、華やかさとは無縁の生活。「大学まで出たのに」と惨めさをかみしめた。

 どの仕事も長続きせず、2006年春に帰郷。「村に戻ってきた若者は自分だけ」、両親も落胆したものだった。

ひらめき

 借金をしてパソコンを買い、通販サイトの存在を知って日用品を仕入れて売る仕事を始めた。07年2月、妹の同級生と結婚。「もっと売れる商品はないのか」と夫婦で上海に出かけ、スウェーデンの家具大手IKEA(イケア)の店に寄ったのが転機になった。
 「シンプルでおしゃれ。こういうものを作れば絶対売れる」。職人を探し、自分も工房に泊まり込んで紙やすりをかけ、小さな棚を30台作った。
 ひらめきは正しかった。1台200元の棚はすぐ完売、翌月からは毎日10台を作り、翌年は売り上げが毎日1万〜2万元に。工場を建て、洋服だんすやパソコン机など種類を増やし、香港にも販路を広げた。今では従業員50人の会社経営者だ。木くずの香りが漂う500平方メートルほどの工場では、積み上げられた板材の間を職人たちが忙しく動き回る。
 村も変わった。村人たちは孫の成功をまね、若者たちが出稼ぎをやめて戻ってきた。王万軍(44)は、沿海部から帰った2人の子とネットショップを営む。息子が製品管理、娘が顧客対応、「みんな一緒に暮らせるのが何よりだ」。赤ら顔をほころばせる。
 孫はネットショップ団体も設立、村人たちのリーダーとなった。幼なじみの王磊(26)は「背が高いだけの普通の男だったのに。時代に後押しされたんだな」と驚く。
 インフレや人件費急騰など悩みも多い。移動の車内でパンをかじり、幼い2人の娘とも顔を合わせない日々が続くが、「もっとビジネスを拡大したい。35歳までは仕事優先」と割り切る。
 「出稼ぎ」という低賃金労働力をエンジンに成長を続けてきた中国。「自分が戻ったとき、村には年寄りと子どもしかいなかった」と孫は言う。「農民は畑を耕すしか能がなく、農村は遅れているとみんな思っていた。これからは違うよ」

埋まらない格差

雇用、社会保障でも差別

 中国指導部にとって、「三農問題」(農業の振興、農村の成長、農民の所得増)は最重要課題の一つだ。対策費は昨年だけで8千億元(約9兆6千億円)を超えたが、都市と農村の格差は依然として埋まらない。
 13億余りの人口のうち農村人口は53%(2009年末)を占める。生産性の低さなどから貧しい農民が多く、政府統計では昨年の1人当たり平均収入は5919元、都市住民の収入の約30%にすぎず、この比率はここ数年変わっていない。
 このため多くの農民が都市部に出稼ぎに行くが、農村と都市の住民を厳格に区別する戸籍制度のため、出稼ぎ先で医療費補助などの社会保障が受けられない差別もある。親が出稼ぎで不在となり、残された子どもに社交性欠如や学習意欲低下などの影響が出る「留守児童」問題も深刻で、08年には留守児童が全国で5800万人に上るとの調査結果が公表された。
 指導部は高学歴の貧困層「蟻族(ありぞく)」の問題にも頭を痛める。中国メディアによると大学卒業から半年以内の就職率はここ数年80%台で推移、一方で工場など単純労働職場は慢性的な人手不足で、大学を出て工員になるケースも珍しくない。
 過去10年間で大学数をほぼ倍増させた高等教育拡大策が背景にあり、事態を重視する政府は大卒者の就職支援の強化に乗り出している。(文 高橋伸輔、写真 京極恒太、文中敬称略)=2011年08月31日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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取引先回りや営業スタッフとの打ち合わせなどで連日忙しく過ごす孫寒(右)。今や家具工場は地元の農民たちに任せきりだが、村に戻ればわずかな時間も惜しんで工場を訪れ、厳しく製品をチェックする=中国江蘇省東風村

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