新しい米国告げる海の風車

勝利した〝ドンキホーテ〟  石油・石炭業界吹き飛ばす

 世界恐慌の震源なのに、陽光が降りそそぐ摩天楼は神々しい。ニューヨーク・マンハッタン。ウォール街にそびえるビルが窓に迫るオフィスで、ピーター・マンデルスタム(47)は、息せき切ってしゃべり続けた。
 「(勝てない戦いを挑む)ドンキホーテと呼ばれたよ。石油・石炭業界はものすごい攻撃をしてきた。でもドンキホーテは勝った」
 マンデルスタムが社長を務めるブルーウオーターウインドは、米国で最初の洋上風力発電基地を大西洋岸デラウェア州沖に作る計画を進めている。昨年6月同州政府から待望の「ゴーサイン」が出た。石炭やガスを使う火力発電計画との受注競争の末に勝ったのだ。
 オールバックの金髪に黒いしゃれたスーツ。不況に負け皆が肩を落とす米国で、久しぶりにエネルギッシュなこの国らしい経営者に会った。オバマ大統領のグリーン・ニューディールの追い風を受け、洋上風力発電は順風満帆だ。

劣勢はね返す

 首都ワシントンから車で2時間半。大西洋の波が打ち寄せるデラウェア州リホボス海岸。海風に逆らって水に足を浸し砂浜を歩くと心が癒やされる。風力発電基地はこの海岸の沖合約22キロの地点に風力発電用の三枚羽の風車66機を造り、同州の5万戸の住宅に電力を供給する。8億ドル(約760億円)の巨大プロジェクトだ。
 最初ドンキホーテは劣勢だった。①洋上風力発電は割高で大型の政府補助金が必要②無風となれば、電力不足に陥る③船舶の往来を妨げ、野鳥を危険にさらす④洋上の風車が海岸の眺めを損なう―。難点だらけだ。
 だが2年間、週に3回デラウェア州に通って住民集会を各地で開き説得、9割の住民の支持を得るまでにこぎつけた。地球温暖化で将来、州の三分の一が海没するという州民の恐れや、原油価格とともに高騰する電気代への怒りが背景にあった。
 リホボスにあるクリーン電力市民連合のザック会長は「水平線に風車が見えるなんてすてき。景色が悪くなるどころか、将来へ前向きに取り組む証明で誇らしい」と語る。
 米国は石油資源のために中東に軍を常駐させ、イラク戦争も戦い、4200人の米兵が死んだ。石油・石炭を使い続ければ、大気汚染で医療費もかさむ。「こんなひどい政策はもう続けられない。風力が勝ったのは民主主義の勝利だよ」とマンデルスタムは笑う。
  ハーバード大学を卒業後、ニューヨーク市住宅局に入り、住宅用太陽光発電で新エネルギーに目覚めた。モンタナ州で10万人の電力を賄う地上風力発電基地もつくった。だが、地上風力発電は土地に恵まれた田舎では可能だが、都市部では無理とされる。

 そんな時、デラウェア州沖で吹く風は、州内の総電力需要の四倍の電力を生み出すとの報告を読み、「これだ」とひらめいた。「まずデラウェア。そしてニューヨーク、上海、東京。海沿いの巨大都市の沖に風車を並べれば、電力は賄える」
 昨年からの経済危機でマンデルスタムの計画も資金繰りが危ぶまれた。だが、ピンチに登場したオバマ大統領は新エネルギー投資に800億ドルの予算をつけ、大西洋岸出身の四上院議員がマンデルスタムの名前を挙げて、支援の圧力をかけた。

変わる米国

それにしても、風力、太陽光、省エネなど、グリーン・ニューディールは、物質欲と消費を「善」とした米国にそぐわない。米国人は変わろうとしているのか。
 マンデルスタムは、日本の「もったいない精神」は米国にもかつてあったと答えた。「クレジットカードがない時代、買い物は現金がある時だけ。母親は縫って子供の服をつくり、兄弟で順番にぼろになるまで着た」。だが米国人は倹約を「悪」と考えるように変わった。「米国人は何度も変わってきた。再び変わってもおかしくない」
 窓から望む摩天楼には「定番」だった世界貿易センターの双子ビルがない。7年半前のあの日マンデルスタムは友を失った。「石油から脱皮できれば、米国とイスラムの関係が変わり、テロの再発も防げる」。富とおごりの末に転落した米国の化身、摩天楼を見据えて、マンデルスタムが新しい国の航図を描く。

編集後記

新フロンティアに挑戦 雇用期待の代替エネルギー

「グリーン」はオバマ米大統領の重要政策だ。

①温室効果ガスの排出を2050年までに80%減らす②風力など代替エネルギーを今後3年で倍増③充電式ハイブリッド車を百万台導入―など矢継ぎ早に発表している。
 大統領のグリーン・ニューディールは、気候温暖化対策の「気候安全保障」、中東石油への依存を減らす「エネルギー安全保障」、そして新エネルギー事業の拡大に伴う雇用創出と景気回復を狙う「経済安全保障」の3利点に立脚。ブッシュ政権が温暖化対策を軽視していたが、地方では33州が再生エネルギーの拡大などを決めた。
 ルーズベルトのニューディール、アイゼンハワーの全米高速道路網、クリントンのIT革命など、過去の大統領が打ち出して社会を変えた官民一体プロジェクトのように、「グリーン・ニューディールは米国の新たなフロンティア開拓」(ケリー上院外交委員長)と期待が高い。
 洋上風力発電は大海に囲まれた米国で関心を集める。風力発電はまだ全米の発電総量の1%に満たないが、大西洋岸で生まれる風力だけで、米東部の電気、ガソリン、暖房などすべてのエネルギー需要を賄う潜在力を持つ。全米再生エネルギー研究所は「洋上風力は主流の電力源になる」と見る。
 欧州では1991年から風力発電の実績があり、デンマークでは陸上、洋上合わせて20%の電力を賄う。(文 杉田弘毅、一部敬称略)=2009年4月1日配信

 「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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デンマークのコペンハーゲン沖で稼働中の洋上風力発電基地(マンデルスタム氏提供)

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