信仰を力に悪魔と戦う

数々の超常現象にも遭遇 伊全土に300人

「おいしいアイスクリーム屋があるんだ。この後で食べに行こうか」
 イタリア中部ラクイラ県サンニカンドロ、人口100人に満たない山あいの集落だ。古い石造りの教会で、神父のガブリエレ・ナンニ(52)に誘われた。夕暮れ間近、直前まで背筋がぞくぞくする怖い話をしていた人物の口から出たとは思えない言葉に苦笑が漏れる。
 温和な表情を絶やさないナンニだが、もうひとつ、国際的に活躍する有名なエクソシスト(悪魔払い師)としての顔も持つ。1997年、神父に任命されてラクイラ県に着任、その1年後、初めて悪魔払いに関わった。

宙を飛ぶ鍋ぶた

 その女性は30歳くらい、原因不明の現象に悩まされていた。教会に行くと強い疲労感に襲われる。祈りのさなか、昔手術した膝の傷痕が赤く腫れ上がり痛み出す。料理中に鍋のふたが突然、自分の方に飛んでくる—。
 相談を受けたナンニは悪魔つきを疑い、エクソシストの神父の所に連れて行った。すると女性は、男のような低い声で神や神父をののしり、獣のようなうめき声を発した。一方で、教会の位階制などの深い知識を示し、神父と知的な会話も交わした。
 「典型的な悪魔つきだ。突然に外国語を話したり、きゃしゃな女性が男4人で押さえ付けなければならないほどの力で暴れることもある」。悪魔つきになるのは、降霊会や悪魔崇拝の儀式に参加した人に多く、誰かに呪いを掛けられることもあると言われている。
 この女性も「呪いを掛けられていたが、儀式を続けて数年後に症状は改善した」とナンニ。悪魔払いの際は、自らがまとった紫色の肩掛けで相手に触れながら、聖水で清めて祈りを唱える。
 エクソシストの助手として働き始め、2002年にラクイラの大司教からエクソシストの任命を受けた。最近はローマ法王庁(バチカン)立大のエクソシスト講座の講師を務め、メキシコなど海外でも悪魔払いの儀式を行う。儀式の最中、かまれたり、跳び蹴りされたことも。「楽ではないが、悪魔から解放された人を見るのは喜ばしい」

 悪魔つきについて精神科医は「精神症の一種」などと分析。聖職者による儀式は、信心深いカトリック教徒には一定のカウンセリング効果があると認める。

バチカンの危機感

 ナンニが「エクソシストが今日あるのは彼のおかげだ」と尊敬するのが、神父のガブリエレ・アモルス(86)だ。悪魔払いに関する数々の著書があり、1991年に国際エクソシスト協会を創設、その名誉会長を務める第一人者でもある。
 アモルスがエクソシストに任命された86年当時、全土にエクソシストはわずか20人程度だったが、今は300人以上。一方、イタリア以外のカトリック教国にはほとんどおらず、エクソシストの存在はあまり知られていないともいう。
 なぜ、イタリアでエクソシストがそんなに増えたのだろうか。これには近年のオカルトブームも無縁ではない。イタリアでは90年代後半から00年代前半にかけて、カルト集団の若者が続けて殺人事件を起こし、バチカンは悪魔信仰の広がりに危機感を抱いたとされる。法王ヨハネ・パウロ2世やベネディクト16世も悪魔払いに理解を示した。
 ローマの聖パウロ修道会の一角にアモルスが悪魔払いの儀式を行う小部屋があった。天井は高いが窓が少なく日中でも薄暗い。タイル張りの壁には聖人の肖像画が掛かり、相談者が座る緑の布張りの肘掛け椅子が置かれている。
 アモルスに悪魔が怖くないのか尋ねてみた。「悪魔の方が私を怖がる。いつも悪魔に言われるのさ、『神に守られているおまえには手出しができない』ってね」。アモルスは澄まし顔で答えた。
 これまで約2千人に7万回以上の悪魔払いをしてきた。かつては1日15回くらい儀式を行っていた。86歳になった現在は回数こそ減ったものの、現役のエクソシストだ。「信仰があれば神が力を与えてくださる。引退なんて考えたことはない。生きている限りこの仕事を続ける」

バチカン公認の存在

催眠状態で自己暗示か

 カトリック教会のエクソシスト(悪魔払い師)が広く知られるようになったのは1973年公開の米映画「エクソシスト」の影響が大きい。一方で、エクソシストがローマ法王庁(バチカン)公認の存在であることは、あまり知られていない。
 新約聖書ではイエス・キリストが悪魔払いをしたとされ、カトリック教会のカテキズム(教理問答書)には教会はイエスから悪魔を払う資格と義務を付与されていると記述されている。だが、中世に悪魔払いが魔女狩りにつながったことから、バチカンは儀式が一般化することには慎重だとされる。
 教会は悪魔払いの前に精神科医による診断を義務付けている。ローマ大教授の精神科医ビンチェンツォ・マストロナルディ(66)は、悪魔にとりつかれたと主張する人たちは「多くが精神障害などを患っており、投薬で症状が改善する」と指摘する。一方で、そのような患者がエクソシストを頼るのは「有害ではない。治療効果はあり、むしろ好ましい」と語る。
 低い声でしゃべったり、外国語を話したりするのは「催眠状態に陥り、自己暗示にかかっているからだ」と説明。しかし、ピアノを弾いたことがない人が突然ピアノを演奏するなど、科学的に説明がつかない例もあり、自らもカトリック教徒のマストロナルディは「全体の2%くらいは本当に悪魔の影響を受けているかもしれない」と考えている。(文 小西大輔、写真 平松玲、敬称略)=2011年08月17日

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 ローマの聖パウロ修道会にある悪魔払いの儀式を行う部屋で、十字架を手にするエクソシストの第一人者アモルス。悪魔払いに懐疑的な司祭もいるが「儀式に立ち会うと、最後には悪魔の存在を確信する」と言う

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