伝統文化の外交官に

神話と自然に引かれ 先進国にない価値発見

 揺らめく炎を背に浮かび上がる幻想的な人や動物。しゃがれた声で語る物語に観衆が引き付けられる—。アジア各地の伝承物語を影絵芝居として再現する米国人影絵師ラリー・リード(67)。今年末には、アイヌの伝統芸術家らと共同でアイヌの物語を日本で公演する計画だ。
 米国の真ん中オハイオ州シンシナティで育ったリードは少年時代、欧州に憧れて外交官になりたかったという。米政府の途上国支援機関「平和部隊」にも参加し、南米も訪れた。
 1960年代当時は冷戦真っただ中で、米国はベトナム戦争を戦った。「米国の外交政策を支持できなくて」外交官をあきらめ、結局、映画作りを大学で学んだ。

アジアとの出会い

 だが、リードは自分の道を決めかねていた。米国が戦う東南アジアとはどんなところなのか、そこに住む人々は何を考えているのか、ハリウッド製でない音楽・芸能を味わいたい。そんな希望を友人に打ち明けると「それならインドネシア・バリに行け」と言われた。70年、リードが26歳の時だった。
 過去10年に外国人観光客は1人しか訪れたことがないというバリの村トゥンジュク。そこで見たワヤン・クリと呼ばれる影絵芝居に魅了された。エキゾチシズムだけでなく、村中の人が集まり、影絵師が宗教的な尊敬を得る社会が新鮮だった。
 「描かれる神話は人間と神、過去と現在、そして個人とコミュニティー、村と外の世界をつなぐ。そのつなぎ役が影絵師だ。村全体が参加する大掛かりな物語の実現だ」。先進国では消えた伝統芸能を中心とした住民の輪、自然と神と一緒に暮らす生活は理想と映った。
 影絵師の家に転がり込んで、生活を共にしながら学んだ。地球の裏側での生活は驚きの連続だった。「師匠に左手で物を渡すと怒鳴られた。ヒンズー文化では左手は不浄と知らなかった。プライバシーも一切ない」と戸惑いを思い出す。だが、物質主義の国に育った白人のリードは、異質で質素な文明になぜか溶け込んだ。

 「米国人は他の文化を知らな過ぎる。アジアと米国の懸け橋になりたい」。そんな思いが芽生えた。
 20年かけて影絵芝居の手法で250の作品を世界中で演じ、「影絵師」の称号を欧米人として初めて得たリードは、アジアの他の地域の伝統芸能にも目を向けた。

少数民族の伝統守る

 手を付けたのが、モンゴル帝国の皇帝クビライと妻チャブイの物語だ。妻の死を受け入れず妻を捜してさすらうクビライを描いた。90年代のこの頃から影絵芝居と現代舞踏、映画の手法を組み込み、国際的に理解されるように工夫した。
 少数派文化が閉じ込められていた「境界」を壊すことをリードは使命とする。台湾の人形劇団や米国の先住民との共作には、近代化から伝統社会を守ろうともがく少数派への愛着があふれる。
 リードの懸念は、この少数派の文化がどんどん消えていることだ。バリの村でも子供たちは影絵芝居でなくテレビの娯楽番組を楽しむ。「昔は音楽とは皆で奏でるものだったが、今はCDで聞くものになった」と嘆く。
 テレビやハリウッドのように外国を偏見と型にはまった描き方をすれば、いつまでたっても理解は進まないという思いを募らせている。
 リードは今、12月の東京でのアイヌ影絵プロジェクトに向けて準備に余念がない。「虐げられたアイヌの人々の声を世界に伝えたい」と抱負を語る。アイヌ文化をリードに紹介した舞踊家の小谷野哲郎(こやの・てつろう)
(40)も「東日本大震災で自然との共存の大事さに日本人は気づいた。祖先崇拝などアイヌの持つ宗教性、自然との共生は世界に向けて重要なメッセージとなる」と意気込む。
 「人は異質のものを恐れる。そこから対立と紛争が生まれる。そうではなく私は異質のものへの理解を助けたい」とリードは言う。外交官志望だった青年の夢を思い出し、「異なる文化を理解し良さを伝える良い外交官になれた」と喜んでいる。

移民と成長が契機に

かつての軽視消える

 欧州系移民が建国した米国では、アジアへの軽視、蔑視が長い間強かった。アジア系移民に対する「黄禍論」や戦時中の日系人の強制収容などがその象徴だ。
 米国の対アジア政策も江戸への黒船来航(1853年)に象徴されるように長く帝国主義的な性格を持った。冷戦の最前線である朝鮮半島、インドシナ半島で戦争を続け、アジアの民族を蔑視する政策もとった。
 しかし、欧州系を優遇した米移民法が1960年代に改正されると、アジア系移民は、欧州系の2倍以上のペースで米国に流入。過去10年でアジア系の人口は1・4倍に増え、今や米国で20人に1人の割合だ。国勢調査局は2042年には白人は全人口の50%を切ると予想する。
 米国でアジア系は、成績優秀、働き者、法規を守る、などの評価を受け、米国人のアジア理解を肯定的にしている。
 冷戦後、成長と民主化を遂げると、アジアへの称賛が生まれ、文化も含めた理解が進んだ。ハワイ出身で幼少期にインドネシアで暮らしたオバマ大統領は「アジア太平洋出身の初の米大統領」とアピールする。
 米国民の46%は中国が米国を抜いて世界一の経済大国になると予想、日本も含めた北東アジアが世界を引っ張る経済圏であると見る人は欧州連合(EU)をそう見る人より実に9倍だ。(文 杉田弘毅、写真 鍋島明子、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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アジア各地の伝承物語を影絵で再現するリード。背景は西遊記を基にしたストーリーから成る影絵で、実際に人がお面をかぶって演じている=米サンフランシスコ

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