困難な出会い、相談所頼み

変わる女性の伴侶探し 伝統とのはざまで苦悩

 イランの首都テヘラン西部のアパート4階にある結婚相談所「若者の希望の家」ではひっきりなしに電話が鳴っていた。「27歳女性、語学の学士号を持っています。高学歴で29〜32歳の男性を紹介してください。公務員だとなおいいです」
 十数人の女性相談員が顧客の希望を用紙に書き込む。異性の会員のデータを検索して希望に沿う相手を探し、双方に紹介するのだ。
 イスラム教の戒律を厳しく適用、結婚前の男女交際は好ましくないと見なされるイラン。結婚相手は親や親戚が決め、夫婦は結婚式当日に初めて顔を合わせるのが理想とされている。だが、都市人口が増え、生活様式や若者の考え方も変化。伝統的な方法での伴侶探しは現実と乖離(かいり)している。
 同相談所には2200人以上が登録。最近は登録数が激増しており、3分の2が女性。大学で生物学を学ぶ29歳のザハラもその一人だ。

妹が結婚できない

 テヘラン近郊の「信仰をほどほどに重んじる」家庭の8人きょうだいの4番目。すべての女性が頭髪を隠すことを義務付けられているイランだが、髪を1本も露出させずにスカーフでしっかりと包んだ保守的なスタイルは最近の若い女性には珍しい。
 男性との交際経験がないザハラが結婚を急ぐのは年齢による焦りもあるが、自分が結婚しないうちは2人の妹も結婚できないという家庭内の暗黙の決まりのせいもある。
 同結婚相談所では週に1度、男女の登録者40人ほどが集まり、お互いに顔を合わせる「会合」も行われる。自己紹介をして結婚観などの意見交換を行い、好印象を持った異性の番号を紙に書いて交換し合う。双方が合意すれば結婚を前提にした交際に発展する。
 会合に参加していた女性は概して高学歴だった。対する男性は年配でブルーカラーが多い傾向がある。
 「自分より学歴や収入が上の女性を避ける男性が多いし、男性の母親は夫に従順で家事が得意な嫁を好む」とザハラ。一方、大学進学率が男性を上回るほど高学歴化が進むイラン女性が最も重視するのは「経済力」。自分より収入の低い男性は「お断り」のようだ。

 ザハラは数カ月前、相談所を通じて知り合った男性(34)を自宅に招待した。「収入も学歴も申し分なかった」。だが、ザハラの家にイスラム教の教典コーランの一節を書いた壁掛けがあったことを理由に、世俗的な生活を好む男性の母親に結婚を反対されたという。
 相談所ではほかに3人の男性を紹介されたが、いずれも地方の実家で暮らしたいと言われ、家族のいるテヘラン近郊に住みたいザハラの希望と折り合わなかった。

婚前交渉も

 ザハラの婚活の行方を気に掛ける妹の24歳のファルザネには、最近つきあい始めた男性(25)がいる。「私は情熱的。いつも一目ぼれで恋愛が始まるの」とファルザネ。公園でデートもする。イスラム社会でタブー視される婚前交渉も「最近はしている人が多い」。
 だが、ファルザネは、結婚を前提とした真剣な交際を避けるイラン男性が多いと話す。イランの国教であるイスラム教シーア派で合法とされる「一時婚」という制度のせいだという。
 一時婚は男女が期間と結納金の額を決めて婚姻契約を結ぶ制度。婚姻外の性交渉は姦通(かんつう)罪とされ、既婚者は石打ちによる死刑、未婚者はむち打ちの刑に値するイランだが、一時婚の関係なら問題ない。「一時婚で性的欲求を満たせればいいと考える男が多い。責任を取りたくないのよ」とファルザネは憤る。
 テヘランでほぼ唯一の結婚相談所である「若者の希望の家」は婚前恋愛を奨励しているとも受け取られ、イラン当局からすれば限りなく違法に近い施設。責任者のヤズダニ・サイードは「需要が多いことを察してか、今のところは当局も見逃してくれている」と話す。「きちんとした身元の人を」と親に連れられて来る利用者もいる。
 ザハラは数カ月たっても「成果」がなかったため、家族に相談所通いをやめるように言われた。でも、ほかに男性と知り合うあてもない。「親に内緒でもう少し通おうと思う」と打ち明けた。

悪評高い「一時婚」制度

頻繁に利用する男性も

 ファルザネが批判する一時婚制度はイラン女性に概して評判が悪い。欧米諸国からも「売春を合法化している」との批判が上がる。同じイスラム教でもスンニ派は預言者ムハンマドの側近、第2代正統カリフが禁止したとして違法視している。
 テヘラン南西部に住む主婦(37)は4年前に交通事故で夫を失った。社会保障は受けられず、6歳の娘と生きていくために近所の男性と3年前に初めて“1時間”の一時婚契約を結び、20米ドルの「結納金」を得て性交渉を持った。契約時間が終わると男性は結婚契約書を破り「これでおしまい」と言ったという。
 その後、彼女は一時婚の手続きやあっせんをする聖職者のもとで登録。複数の男性と数時間から数日の一時婚契約を結び、月700〜1200米ドルを得ている。男性の多くが既婚者だという。
 「自分が売春婦に思え、身体を焼いてしまいたいと思うこともある。生活のためだけど、娘には知られたくない。イスラム教で認められている制度ということだけがせめてもの救い」と話し、涙を流した。
 一方、一時婚を頻繁に利用する建築会社勤務の男性(31)は悪びれずに話した。「25歳の時の初体験も一時婚だった。普通の結婚は金がかかるし面倒。牛乳が欲しいからといって牛を買う必要はない。コップ一杯の牛乳を買えばいいんだ」(文・写真 中川千歳、文中敬称略)=2011年08月03日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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テヘラン市内のブライダルショップでウエディングドレスを見るカップル。婚約はしたが、経済的理由から結婚はまだ先だという。「こんなのが着たいな」と、女性はドレスをじっと見つめていた

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