保護活動の先頭に

素手で軍人とも対峙  「強欲が森を滅ぼす」

 濃密な湿気を含む空気を切り裂く鋭いセミの声。頭上を渡る何種類もの鳥のさえずり。緑の木々が折り重なる美しい森の中の道を、鮮やかなオレンジ色の僧服に身を包んだブン・ソールト(40)が軽い足取りで行く。
 「1日1度はここに来るようにしている。町中のお寺にいるよりずっと心が休まる。寺の仕事がなければずっと、ここにいたいくらいだ」
 カンボジア北西部、タイ国境に近いオッダーミエンチェイ州中央部の熱帯林。その中に立つ粗末なあずまやで、質素な食事を取りながらブンは静かに語り出した。

違法伐採

 ブンは、森に暮らす住民が中心となって森を管理する「コミュニティー林業」のリーダーだ。仲間の僧侶約90人や住民ととともに、今では少なくなった手付かずの森を守り、末永く利用することを目指す運動の先頭に立つ。1万8千ヘクタール余のこの森を、人はいつしか「ソーン・ロカワーン(僧侶の森)」と呼ぶようになった。
 人々にとってなくてはならないものでありながら、アジアの熱帯の森は違法伐採や大規模な焼き畑、植物油やバイオ燃料生産のためのアブラヤシのプランテーションなどによって、急速に破壊されている。カンボジアも例外ではない。
 違法伐採には政権の幹部や軍人が関与することが多い。政府から地域住民が管理を任された「コミュニティー林業区域」でも違法行為は公然と行われ、逆らえば命を脅かされることもある。
 武器を持つ軍人と素手で渡り合う。住民と膝をつき合わせ「人々には森の豊かな恵みを利用する権利がある。企業に売ってしまったらそれっきりだ」と、森林保護の大切さを説く。深夜にボートで森の中をパトロールし、コミュニティー林業区域との境界であることを示す溝を自ら掘る。違法行為をする村の有力者を告発し、裁判の証言台に立つこともあった。
 違法伐採者の中にはロケット砲までをも持つ者や巨大なチェーンソーで木を切ろうとする者もいる。「軍人ともみ合いになったことはあるが、殴られたことはないし、怖いと思ったこともない。『あなたは法を犯している。刑務所に入りたくなければ武器を置きなさい』と言うだけさ」

 2001年から始めたこんな努力の結果「僧侶ならお寺の中にいればいい」との批判や「彼らはわれわれの土地を奪いに来たんだ」との中傷はやがて消え去った。
 「お坊さんは政府の人間にも簡単に会うことができるし、軍人も手が出せない。村人全員がお坊さんだったらいいと思うほどだよ」と笑うのは、コミュニティー林業の連合組織代表のサー・タレイ(47)。
 ブンらの活動を支援する米国の市民団体、PACTの現地事務所のアマンダ・ブレイドリー(43)も「違法伐採が横行していた彼らの森は、今ではカンボジアの森林保全の見本となり、大きな成果を挙げている」と称賛を惜しまない。

仏の教え

 「仏は木の下で生まれ、木の下で悟りを開いた。その木々を乱暴に切ることは仏の教えを理解しない人のやることだ。強欲が森を滅ぼし、やがて皆、貧しくなってしまう。(森林が豊かな)日本の人なら分かるだろう?」と語るブン。
 森のことを知り尽くした彼は森に足を踏み入れ、市場で高値で売れる樹脂が取れる木を指さし、薬草やキノコを集める。
 「食べてごらん」と差し出されたブルーベリーのような小さな果実を口にしてみた。甘酸っぱいその味は、歩き疲れた体への心地よい刺激だ。
 これらの森の恵みを利用することで、人々は徐々に豊かになり、森林保護への関心も高まってきた。今や、森が吸収する二酸化炭素の量を計算し「排出枠」として先進国に売る事業の実現に取り組むまでになった。
 「鳥も獣も徐々に森に戻ってきている。一生かけて取り組めば、やがてこの森はカンボジアで1番の森になるさ」
 うっそうとした木が茂り、ゾウやトラがさまよい歩く。夢見るのは子供のころに身近にあったそんな豊かな森の復活だ。

深刻な熱帯林の破壊

3年間で日本1個分

 地球温暖化の原因となる二酸化炭素を吸収し、多くの人々に貴重な生活の糧を提供する熱帯林は、陸上で最も生物多様性が豊かな生態系でもある。だが、木材や燃料目当ての違法な伐採や農地開発などによって各地で破壊が深刻だ。
 国連食糧農業機関(FAO)によると、過去10年間の平均で年間13万平方キロの森が農地などに姿を変えた。3年間で日本列島一つ分の森がなくなっている計算だ。
 熱帯林の中で、持続可能な形での管理がなされているものは全体の7%程度でしかないとのデータもある。
 アブラヤシなどの単一栽培地の造成や焼き畑などのために森林が燃やされることによって大気中に放出される二酸化炭素の量は、世界の温室効果ガス排出量の15〜20%にも達するとされ、森林破壊が深刻なインドネシアはこれを考慮すると中国、米国に次ぐ世界第3の排出国になるとされている。
 一方で、熱帯林破壊に歯止めをかけようとの試みも各国で始まっている。政府が一定の区域の森林の管理権を地域住民に渡す「コミュニティー林業」もその一つだ。
 大企業などによる森林伐採を排除して、地域住民の参加で森を管理。そこから得られる利益を住民に還元することで、持続的な森林の利用を実現しようとの試みで、各国で成果を挙げている。(文・写真 井田徹治、文中敬称略)=2011年07月27日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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「僧侶の森」と呼ばれる森の中に立つブン(右)。多くの人から頼られる地域の森林保護活動のリーダーだ=カンボジア北西部オッダーミエンチェイ州

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