希望胸に72日生き抜く

「雪山の獣」苦渋の思い  アンデス雪山遭難事故

 青みを帯びた東の夜明け空に、燃えるような陽光が差した。白いビーチが延び緑の街路樹が茂る。「東の先端」を意味する南米ウルグアイの保養地プンタデルエステ。南半球の夏、男たちは39年前のアンデス山脈の雪原でのサバイバルを癒やすかのように、太陽の生命力にあふれる炎暑の町で休暇を過ごす。
 1972年10月、ウルグアイのチャーター機がチリに向かう途中に操縦ミスでアルゼンチン領のアンデス高地に墜落し遭難、乗客乗員45人のうち16人が標高約4千メートルの雪山で生き抜き、72日後に救出された。後に「アンデスの奇跡」といわれ、男たちは「生きる」という希望を胸に、死んだ仲間の肉を口にし命をつなぎ留めた。
 当時21歳の学生だった会社経営ラモン・サベジャ(60)と、19歳だった同アルバロ・マンジノ(58)はともに生存者の一員。チリでのラグビー親善試合に出場する選手らに観戦を誘われて飛行機に乗り合わせた。

決断

 10月13日午後、雪山のとがった岩に機体が激突し、衝撃で翼が折れた。プロペラが落下しながら胴体を二つに切り裂いた。機体は雪の斜面を滑り落ち、操縦席が雪の塊にのめり込んで止まった。漏れた燃料油を浴びたサベジャは機体の外へ急いだ。マンジノは左膝を骨折し立てなかった。13人が即死した。
 機体の残骸は気温が氷点下30度にもなる雪渓にあった。生き延びた者の大半が20歳前後で雪を見るのも初めて。そこには野生の動物や自生の植物はなかった。残った食料は板チョコ数枚にジャムと数本のワイン。一人1日チョコ一片とワイン一口に抑えた。雪が深く自力脱出はできず、救助隊の到着を待った。
 事故から9日後の22日の時点で生存者は25人以上。マンジノは「皆が遺体を食べようと考え始めたが、誰も言い出せなかった」と話す。苦渋の議論が続いた。神は人を食べるのを許さない、いや、このまま死ぬのは自殺であり神はこれを容認するのか…。

 「自分がやろう」
 一人が意を決したように言った。皆が手を差し出して手のひらを組んだ。「自分が死んだら食料に使ってくれ」と誓った。ガラス片で遺体が刻まれた。
 サベジャは「雪山の獣に成り下がった。人格をおとしめられた」と苦しんだ。だが「もっと辛いのは自分の生死さえ家族に伝えられない無力感。家族に会いたい。生きて会うためには何でもやる」と決意を固めた。

勝利

 無線機を修理して受信したラジオで救助活動の中止を知らされた。残る手段は山を下りて助けを求めることだった。数人が遠征し下山を試みたが失敗。登山の経験はなくルートが分からなかった。
 雪を溶かすのに3時間はかかり、水は常に不足した。脱水症状からか、1カ月近い便秘の後には激しい下痢。酸素が少ない高地で体力は衰え、マンジノは体重が26キロ落ちた。
 ある夜、強烈な一撃とともに寝場所の機体の残骸が厚い雪に埋もれた。サベジャは意識が遠くなり、体が光輝くトンネルの中を通って行くのを感じた。両親の姿が目に浮かんだ。その瞬間、雪から出て呼吸ができた。この雪崩で一挙に8人の仲間を失った。「ここには逃げ場がない。皆で結束しなければ」との思いがかつてなく強まった。
 雪解けの12月12日、3人が垂直に切り立った山をよじ登り西へとチリを目指した。全員が心身ともに限界に近づいた。サベジャら残った者に希望と不安が交錯した。9日後の21日、チリ領の放牧地にたどり着き救助当局に「仲間が山に取り残されている」と通報。山中のメンバーは「到達」をラジオで聞き、喜び抱き合った。マンジノは「勝った」と声を上げた。23日までにヘリコプターで全員救出された。
 39年前の極限を振り返り、サベジャは「山で闘うのを諦めた人はすぐに死んだ。生きるために闘うという気持ちが大事だ」と言い、マンジノは「人間には困難を乗り越え前進する英知がある。不可能なことはない」と説いた。

信仰心、極限下の支えに

チリ落盤、祈りで安らぎ

 幾多の漂流や遭難の例から、極限状態を生き抜くためには「生きる」という強い意思とともに、精神を安定させ気力を回復させることも重要だと指摘される。心の平穏を促すものの一つに信仰心が挙げられる。
 昨年8月のチリ北部の鉱山落盤事故で地下約700メートルに閉じこめられた作業員33人は坑道で自発的に祈りをささげ、これが心の支えになったと話す人も多い。
 33人の中にはプロテスタントの牧師の資格を持つ作業員(55)が居合わせ、この人物が礼拝を主宰。毎日正午と夕方の2回、聖書の言葉を読み上げて教えを伝えたという。
 救出された作業員カルロス・ママニ(25)は「地下で唯一できたのは神にすがることだ」と打ち明ける。生死を神の手に委ねることで心が安らぎ、体力の温存にもつながった。
 さらに「神」の存在に言及し「地下には当初から34人いた」と語る作業員もいた。中南米は世界最多のカトリック人口を擁し、保守的な国民性で知られるチリは人口の約8割がカトリックで、こうした宗教的な事情もサバイバルの背景にある。
 「アンデスの奇跡」では生存者16人全員がカトリック信者。生存者のアルバロ・マンジノは「身体的、精神的な重圧に耐えるメカニズムとして信仰心と祈り、それに笑いも大切だ」と語る。仲間とのジョークが緊張感をほぐし、山中で心にメリハリが付いたという。(文 名波正晴、文中敬称略)=2011年07月06日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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39年前、アンデス山脈での70日以上に及ぶ過酷な体験を語るサベジャ(右)とマンジノ=ウルグアイのプンタデルエステ(撮影 名波正晴)

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