私は生粋の全羅道気質

人生を変えた光州事件  医師として韓国に恩返し

 「私の気質は米国人のものでも、韓国人のものでもない。生粋の全羅道気質です。全羅道気質とは純情と義理です」
 190センチを超える身長に、青い目、褐色の髪の毛という風貌は典型的な西洋人だが、完璧な韓国語をあやつり、時には全羅道の方言やアクセントが出る。
 4代にわたり韓国に根を下ろした家系を持つ米国籍の延世大学セブランス病院国際診療センター所長、イン・ヨハン(51)=米国名、ジョン・リントン=は愛嬌(あいきょう)に満ちた笑顔で自らをそう語った。
 4代の物語は米牧師ユージン・ベルが1895年4月に朝鮮に到着した時から始まる。ベル牧師夫妻は98年3月から全羅南道木浦(モッポ)に教会を設け地域に根を下ろした。
 一方、アトランタに住むウィリアム・リントンは宣教師として1912年に朝鮮の地を踏んだ。19年に3・1独立運動が起きると米国の新聞に寄稿するなど独立運動に理解を示した。リントンはベル牧師の娘、シャーロット・ベルと知り合い、22年に結婚した。

日本により追放

 日本の植民地下で、リントンはクリスチャンとして神社参拝に反対。40年11月、家族全員が追放された。「祖父は人生のすべてを韓国で送ったといっても過言ではない。彼が韓国に来たことに感謝し、彼の孫として生まれた私は幸運だった」
 イン・ヨハンの父、ヒュー・リントンは26年、リントンの三男として全羅北道群山(クンサン)で生まれた。一家で米国に追放になったヒュー・リントンは高校を卒業すると海軍を志願し、日本軍と戦った。戦後、大学に進んだが、朝鮮戦争が起きると海軍に復帰し、仁川上陸作戦にも参加した。54年、妻と3人の息子を連れ、宣教師として韓国に戻った。任されたのは全羅南道の順天(スンチョン)だった。
 ヒュー・リントンは情熱的で質素な宣教師として有名だった。黒いコムシン(朝鮮のゴム靴)を履き、南の島々を回り宣教活動をした。母のロイス・リントンは夫を支えながら結核撲滅運動に情熱を注いだ。
 五男のイン・ヨハンは両親が活動する順天で育ち、有名ないたずらっ子だった。「当時は自分が外国人だと考えたことはなかった」
 米国のノースカロライナ大学に進学したが、1年で韓国に戻った。80年3月に延世大医学部に入学した。79年10月に朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、韓国は「ソウルの春」と呼ばれた民主化へのうねりの中にあった。

 80年5月の光州事件で大学は休校となり、故郷の順天に帰った。光州で起こっていることが気になり光州へ向かった。全羅南道庁へ行くと約60体の遺体があった。外国メディアに頼まれ、外国人記者への光州市民側の会見を約3時間通訳した。
 しかし、このためイン・ヨハンは「不純分子」とされ、軍事政権から国外追放の圧迫を受け、公安当局の尾行がついた。

急いで結婚

 韓国から追放されることを恐れ、80年7月、延世大1年のイ・ジナと結婚した。「私の両親はまだ若いと反対し、妻の両親は国際結婚に反対した。光州事件がなければそんなに早く結婚はしなかった」と語りながら、ちゃめっ気たっぷりに「結婚は早くしてはだめ」と笑った。
 光州事件後、韓国内で反米感情が高まった。友人に「私は米国人だが、私に米国の責任を負えというな」といら立ちを示した。「胸が張り裂けそうだった」という。光州市民の側に立った自分が「反米」の標的にされることに悩んだ。
 86年、医師の国家試験に合格。その後、米国の国家試験にも合格し、米国での病院勤務を経て91年7月に韓国に戻った。同年8月からセブランス病院国際診療センター所長を任され、妻、イ・ジナは歯科医の仕事を始めた。
 84年4月、父、ヒュー・リントンが交通事故で死亡した。父の住む順天には救急車がなかった。救急車があれば、父が助かった。医師となったイン・ヨハンは、韓国式の救急車を設計し、韓国での普及に努めた。
 4代にわたり韓国と因縁を結んだイン・ヨハンは「韓国は私を医師にしてくれた。祖先たちは韓国に何かを与えたが、私は授けてもらったものの方が多い。医師としてその恩恵を韓国に返そうと思っています」と語った。

自分犠牲にする北朝鮮医師

外国人安心する医療提供を

 「北韓(北朝鮮)の医師たちに感動を覚えました。北韓ではエックス線のフィルムがない。それで医師が、後で自分が病気になることを分かっているのに、放射線を受けながら自分を犠牲にし透視をしている。『自分は医師だが、自らの体を捨てながら患者を診ることができるだろうか』と何度も自問しました」
 イン・ヨハンは既に22回にわたり北朝鮮を訪問した。最初は1997年1月、母、ロイス・リントンとともに救急車を寄贈するためだった。その後、母が韓国で結核撲滅活動をしたこともあり、北朝鮮への人道支援を行っているユージンベル財団理事長の兄のイン・セバン(米国名、スチーブン・リントン)とともに結核治療支援のために北朝鮮各地を回った。北朝鮮で30万人を治療し、エックス線は700万枚撮った。
 イン・ヨハンが最近、打ち込んでいるもう一つの仕事がある。セブランス病院を韓国に住む外国人が安心して治療を受けることができる病院にし、さらには海外から患者を受け入れる「医療産業」を育成することだ。
 「セブランス病院は医療用ロボットを使った手術実績では世界のトップです。特に甲状腺手術では世界一の手術件数を誇っている。韓国で医師のスターをつくり、海外の患者が医師のヨン様の治療を受けにくるようにしたい。外国人へのサービスを向上し、患者やその家族が安らかになるような医療を提供したい」と抱負を語った。(文 平井久志、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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北朝鮮に赴き、提供した超音波装置について北朝鮮の医療人に使用方法を説明するイン・ヨハン(中央右)

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