受刑者に「心の平穏」を

重罪刑務所で瞑想導入  インドの実践見習う

 3メートルほどの鉄柵には有刺鉄線が何重にも張り巡らされ、高圧電流危険の掲示が目を引く。監視塔には双眼鏡を持った看守が鋭い視線を注ぐ。重警備刑務所の州立ウィリアム・E・ドナルドソン矯正施設は、米アラバマ州バーミングハム近郊の人里離れた場所にあった。
 収容者約1500人の多くが殺人、強盗、レイプなど重罪で実刑を受ける。約20人の死刑囚に加え、約3分の1は仮出所の可能性のない終身刑。アラバマ州の犯罪者の終着駅とも言える場所だ。
 受刑者に殺害された看守の名前を取って名付けられたこの刑務所で、約2500年前にインドで始まったとされる「ビパサナ」と呼ばれる瞑想(めいそう)が治療に取り入れられ、大きな効果を生んでいる。

刑務所の環境改善

 「私の一番の関心事は、一生をこの刑務所で暮らし、死んでいく受刑者の生活の質をいかに改善するかだった」
 1992年に赴任した精神科医ロナルド・カバノー(60)は、受刑者の心を落ち着かせれば、看守の負担も減り、刑務所全体の環境が向上すると考えた。ドナルドソンの受刑者は、いつもやり場のない怒りに満ちていた。他の受刑者や看守に暴力をふるって罰せられるケースが後を絶たない。
 怒りやストレスなどの感情制御、脱薬物・アルコール依存症のリハビリ…。カバノーはいろいろ試したが、根本的な変化をもたらすには不十分だった。「彼らは治療後、『もう怒らない』『薬はやらない』と言う。しかし、僕らが聞きたい言葉を言っていただけだ」
 99年ごろ、ビパサナ瞑想のことを知人から聞いた。70年代からインドの刑務所で実践され効果が出ている、ということだった。ビパサナをボランティアで教える団体に連絡を取った。自らも体験し「受刑者にも絶対に効果がある」と確信した。
 02年1月。約2年間の準備期間を経て、重警備刑務所では全米初のビパサナの10日間コースが、体育館を改造した道場で開かれた。3日間で呼吸方法を学び、次の7日間「感情が流れるがままに身を任せなさい」という録音テープが流れる中、1日10時間、同じ姿勢を保ち瞑想。原則的に誰とも話してはならない。
 かつて殺人罪で8年間、死刑囚として過ごしたグレイディー・バンクヘッド(60)は7日目、過去のさまざ

まな人生の場面、感情が次々と押し寄せる「ストーム(嵐)」を経験した。「4歳の息子が『お父さん、愛してるよ』とね。涙が止まらなかった」。それ以降、怒りがおさまった。「それまでは、怒りでいっぱいで、どうにもならなかったのに」。参加した22人のうち21人がやり遂げ、修了証書を受け取った。
 コース終了後、受刑者は自分たちの問題を次々と指摘した。「驚きだった。それまでの他の治療で精神科医が喜ぶ言葉を口にしていたのとは正反対。自分に向き合うことを学んだのだ」とカバノー。ビパサナを実践している受刑者は、問題行動が20%減った。

心の師

 しかし、思わぬ障害が待ち受けていた。02年、刑務所内のキリスト教牧師が「ビパサナは受刑者を仏教に改宗させる」と強く抗議。州矯正局長が禁止を命じたのだ。
 アラバマ州は、宗教心の強い保守派プロテスタントが多い南部の「バイブルベルト」にある。ビパサナ瞑想が、仏教の始祖ゴータマ・シッダールタ(ブッダ)を源流に持つことが原因だった。
 00年に州矯正局治療部長に昇進していたカバノーは「これほど効果がある治療をやめるのはナンセンスだ」と思ったが、選んだ戦術は「待つ」だった。「チャンスは来る」。受刑者たちも、看守の目を盗んでこっそりと瞑想を続けた。06年に矯正局長が交代、ビパサナは再開され、カバノーの忍耐強さは報われた。
 「最高の先生、心の師匠へ。なりたいと思った自分になることを手伝ってくれて、ありがとう」。殺人罪で終身刑を受けたリック・スミス(55)は3月、一緒に写った写真にこう記し、カバノーにプレゼントした。C型肝炎を患うスミスは、余命数週間から数カ月。ビパサナを体験し、心の平穏を得られた一人だった。
 取材を終えると、辺りは暗くなっていた。「スミスは穏やかな心で死んでいけると思う」と語ると、カバノーは微笑を浮かべた。「本当によかった」
 スミスは7月、この世を去った。

保守的なバイブルベルト

他宗教への寛容度低く

 米バージニア州以南に広がるバイブルベルト(聖書地帯)。キリスト教保守派プロテスタントが主流を占め、宗教心が強く、キリスト教以外の宗教への寛容度が極めて低いのが特徴だ。
 バイブルベルトは、人工妊娠中絶や同性婚に反対し、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)研究を厳しく規制したブッシュ前大統領の大票田だった。
 カンザス州出身の男性(26)は、保守的なプロテスタント「南部バブテスト教会」を信奉する一家で育った。通ったプロテスタント系高校の生物の授業は、教科書に記載のある進化論を飛ばして進められた。
 ヨガのクラスを導入しようとの動きが出た際、学校や保護者ら関係者から強い反対の声が出て、中止になった。「ヨガには仏教的要素がある」というのが理由だった。足の指にリングをはめるファッションも「仏教的」と禁止された。
 この男性は「アラバマ州の刑務所で、インド由来のビパサナ瞑想(めいそう)が導入されたこと自体が驚きだ」と話す。「小学校にビパサナのコースを導入するなんて、絶対にあり得ない」
 人里離れた刑務所での出来事は、一般市民にとって縁遠いことも、ビパサナを導入できた一因だったのかもしれないが、首都ワシントン出身のカバノーが導入の発案者だったことも、幸いした面もあるだろう。(文 坂本泰幸、写真 ケイティー・ヘイズ、文中敬称略)=2011年04月27日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ウィリアム・E・ドナルドソン矯正施設内で瞑想する受刑者ら。仏教のお経にも似た録音テープが流れる中、背筋を伸ばした姿勢を崩すことなく約1時間、誰1人として居眠りしている様子はない。中には「瞑想が大好きだから、刑務所を出たくない」と言う受刑者も=米アラバマ州バーミングハム近郊ベッセマー

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