悲しみ抱き締めて生きる

「私はその木の下に」  亡き妻の夢で死受け入れ

 「先妻が夢に現れてね」。いつもは冷静沈着なインドネシア・アチェ州の地元テレビ局社長アフマド・ダーラン(49)がホテルのロビーで、珍しく感情を高ぶらせて言った。
 2004年12月のスマトラ沖地震による巨大津波で行方不明になったままの先妻ハルタティが夢の中で、ある共同墓地の名を告げたという。
 「『正門から入った奥に大きな木がある。その木の下に私はいる』と言ったんだ」。ダーランの傍らで2年前に再婚した現在の妻クルニアシ(40)が「その夢の中で夫は再婚を報告してくれたんです」と伏し目がちに付け加えた。
 不思議な夢の後、ダーランとクルニアシ、先妻との子3人は一緒にその共同墓地を訪れた。
 墓標は一つもないが、身元不明の数万人の遺体が埋められた草地だった。チョウやハチが飛び交う中を進むと、本当に枝を広げた大きな木が1本立っていた。近づくにつれ、胸の動悸(どうき)が激しくなった。
 突然、母親の死を決して認めず「行方不明なだけなんだ」と言い張ってきた長男アリーフ(19)が叫んだ。「ママはここにいる」。そして、おえつを漏らし始めた。
 「息子の叫び声を聞いて、やっと妻の死を受け入れることができた。6年かかったよ」。ダーランは目に涙を浮かべた。共同墓地ゆえ木の下を掘ることはできず、せめて墓標を立てようとしたが、管理人に止められたと寂しそうに話す。

幸せ打ち砕く

 「私たちは本当に愛し合っていた。幸せだった」。先妻との出会いはダーランが大学生のときだった。ラジオ局で番組司会のバイトをしていたとき、彼のファンだという女性が局に遊びに来た。「高校生だった妹のハルタティを連れてきてね。かわいかった」。色が浅黒く小柄なダーランに対し、ハルタティは色白で背が高かった。大学を卒業、地元紙記者となったダーランは彼女と結婚、子ども4人が生まれた。
 だが、巨大津波が一家を一瞬にして打ち砕いた。海岸から4キロ離れていた自宅に津波は何度も押し寄せた。

パニックの中、ハルタティは4歳の末娘を連れて逃げ出した。ダーランも後を追ったが、津波にのみ込まれた。気付くと、ヤシの木に引っ掛かっていた。
 「泥まみれのまま、棒で地面をあちこち引っかいていた。気が狂ったように妻と娘を捜していた」。巨大津波から3日後にダーランの姿を見た彼の友人はそう話す。
 ダーランは生き残った子ども3人と他人の家に身を寄せた。妻の行方の手掛かりを聞くたびに捜しに行き、徒労に終わる日が続いた。そのころから時々、妻が夢に現れるようになった。

再婚ブーム

 アチェでは巨大津波後、「再婚ブーム」が起きた。妻を亡くした男性と夫を亡くした女性が再婚した例が多いが、クルニアシは未婚だった。07年、友人の紹介でダーランに会った瞬間「私はこの人と結婚する」と彼女は確信したという。
 だが、ダーランの心の傷はまだ癒えていなかった。「今の自分があるのはハルタティのおかげなんだ」「津波が神の仕業でなければ復讐(ふくしゅう)するのに」。嘆くばかりのダーランの傍らに寄り添うことしかクルニアシにはできなかった。
 ダーランは「子どもたちが受け入れてくれるまで再婚はしない」と心に決めていた。母と妹を失った10代の多感な子どもたちが心を開くまでクルニアシは2年間待った。
 結婚の際、クルニアシは一つだけダーランに約束を求めた。「ハルタティの名前を1日千回呼んでもいい。彼女の写真にキスしてもいい。でも、絶対に彼女と私を比べないで」
 長女ムティアラ(18)から見ても、今の2人は仲の良い夫婦だ。「再婚前、父は仕事で忙しく家にあまりいなかったけど、今は家によくいる。よく笑うようにもなった」。共同墓地を訪れた後、ダーランはハルタティの夢を見なくなった。
 だが、クルニアシは言う。「夫の悲しみは薄れることはあっても、決して消えはしない。私たちはみなで、悲しみを抱き締めつつ、生きていくしかないんです」(共同通信ジャカルタ支局長 淵野新一、文中敬称略)

神の罰と悩んだ人も

 「仕方ない。われわれ人間は受け入れるしかない。そして前に向かって歩むしかない」。東日本大震災について聞くと、長い沈黙の後、ダーランは硬い表情で答えた。
 スマトラ沖地震による巨大津波ではインド洋沿岸諸国で22万人以上が死亡・行方不明になった。うち16万人以上がインドネシア・アチェ州に集中した。そのほとんどがイスラム教徒だった。
 「誰もが親しい人を失った。生き残った者は、自分たちが何か悪いことをしたので神が罰したのかと悩み苦しんだ」。そう振り返る同州バンダアチェのアルラニリ国立イスラム大のユスニ・サビ元学長は「生き残った者には未来があり、支えとなる希望が必要」と話す。
 同氏によると、生存者らの多くは津波後の数カ月間、行方不明の妻や夫、子どもたちを必死に捜し続けた。1年たっても、新聞に尋ね人の広告を出す人も多かったが、やがて、配偶者を失った者に「再婚はしないのか」と親族や友人が声をかけ、知人を紹介し始めるようになったという。
 「再婚についての質問は、アチェではぶしつけな質問ではない。相手への親近感を示すあいさつで、独り身となった者らを気遣う気持ちを示すものだった」
 地元紙などによると、アチェの「再婚ブーム」は津波から1年を過ぎたころから始まった。避難民キャンプなどで「悲しみを語り合う」うちに結ばれたカップルも多い。(文 淵野新一、写真 村山幸親、文中敬称略)=2011年04月20日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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巨大津波により大きな被害を受けたインドネシア・アチェ州の州都バンダアチェの海岸でくつろぐ家族。すべてをのみ込んだ海は、夕日の残照を受け今は穏やかに町の復興を見守っていた

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