「司法の独立」訴え20年

父自殺、人権の重さ知り  北京大・賀衛方教授

 「学者として研究や教育を通じて、また、インターネットやメディアで評論を発信し、中国の政治体制改革を働き掛けていきたい」。3月、北京の学生街。やわらかな春の陽光が差し込む喫茶店で、北京大学法学部の教授、賀衛方(50)は、やさしそうな笑顔を浮かべながら静かに話した。
 20年間、新聞やネットで300〜400もの文章を発表し「司法の独立」を訴え続けてきた筋金入りの民主派の法律学者。当局からはにらまれ続けているが、ぎりぎりのところで、体制内にとどまってきた。

新疆へ

 「多党制や、報道、結社、デモ、宗教の自由の実現など、民主化と司法改革が不可欠だ」。2006年3月の学術会議で熱く訴えた。異例の発言は保守派や当局者の激しい反発を招いた。
 賀は地位を失いかねない危機に立たされたが、やがて嵐は静まる。「指導部は私の処分を見送った。発言を容認して、民主派と保守派に論争をさせ、ガス抜きを図ったのかもしれない」。
 ノーベル平和賞を受賞した民主活動家、劉暁波(55)=国家政権転覆扇動罪で服役中=とは10年来の深い付き合い。08年12月、劉が発表した民主化プラン「〇八憲章」にはいち早く署名した。
 その後、北京大学当局は理由も示さず、新疆ウイグル自治区の石河子大学へ派遣すると通告してきた。妻子を北京に残し、単身で2500キロ離れた新疆へ。懲罰人事だったが、北京大は“左遷”により、それ以上の政府の弾圧から賀を守ったともいえる。
 中国で最高水準の大学であり、自由な気風の伝統を持つ北京大に対し、当局も容易に手は出しにくい。賀は今年初め2年の任期を終えて北京大へ戻り、授業を再開した。
 「新疆では少数民族問題について視野を広げることもできた。民族間の暴力事件を防ぐためにも公正な法治が必要だ」
 大学近くの高層住宅に出版社勤務の妻、大学を出たばかりの一人息子と住む。2月に司法交流のため5度目の来日。3月は浙江省で「法治と文化」と題した講演会を開くなど多忙な日々を送る。

 文化大革命中の1970年、故郷、山東省の高校の校医だった父は手術用のメスで太ももの動脈を切断し、自殺した。父は“人民裁判”の吊し上げに遭い、監禁されていた。人より少し給料が多く、ちょっと上司に逆らったという理由で…。
 尊敬していた父の無残な死。10歳の賀は声を上げて泣いた。「無法無天」(法も天もない)と言われた文革の凄惨(せいさん)さを幼い心に刻む。大学では欧米の司法制度を学び、自由思想に傾倒した。

信奉者

 若き日の賀にとって、もう一つの転機は、軍が民主化運動を武力で弾圧した天安門事件(89年6月)だった。北京の学生運動の拠点校、中国政法大学大学院を修了し、国営貿易会社に就職していたが、母校の学生とともにデモに参加した。
 「当局は運動を反革命暴乱と決めつけ、軍は何の武器も持たない仲間たちに発砲、殺害。共産党と軍は市民の信頼を完全に失った」
 「中国の社会を変革しなければならない」。賀は事件後、学界に戻り、中国の司法について本格的な研究を始めた。一方、内外のメディアや自らのブログを通じて、共産党の独裁体制を手厳しく批判。弁護士や若手ジャーナリストには、そんな賀の信奉者も多い。
 しかし今、中国の民主化状況は冬の時代を迎えた。当局はチュニジアの「ジャスミン革命」を模した民主化要求の集会つぶしに躍起だ。賀の教え子だった人権派弁護士や、民主活動家らが多数拘束された。
 「中国でジャスミン革命が起きる可能性は小さい。警察や軍隊の力は大きい。庶民にいろいろ不満はあるが、経済は発展している。将来の民主化は必然だが、道筋はまだ見えてこない」
 友人のベテラン民主派の学者、周舵(64)は「極めて優秀な頭脳の持ち主だ。将来の民主化において、最も中心的な役割を果たすだろう」と賀を高く評価する。体制内にとどまり、打たれてもなお地道な努力を続ける賀の存在自体に、中国民主化の「希望」を見たような気がした。

ジャスミン革命を阻止

指導者交代へ安定重視

 中国指導部は今、国内の安定維持に最重点を置き、警察などの「暴力装置」をフル稼働させて「ジャスミン革命」の流入を阻止。来年の共産党大会で、胡錦濤国家主席(党総書記)から習近平副主席への指導者交代を平穏に実現するための環境づくりに全力を挙げる。
 だが、国民の間では㈰住宅高騰などのインフレ㈪大卒者の就職難㈫貧富の差の拡大㈬官僚の腐敗—への不満は根強い。土地の強制収用や悪徳官僚への抗議など、街頭での争議も頻発、市民の権利意識は高まる一方だ。
 「民主化を先送りすればするほど、国民の不満がたまり、それが爆発する危険性が高まる」(周舵)というのが、民主派の一致した見方だ。
 現指導部の中で、温家宝首相だけは、昨年八月に広東省深セン市で政治体制改革の重要性を強調するなど、民主化に前向きのようにも見える。しかし、劉暁波のノーベル平和賞受賞とジャスミン革命の脅威により、中国指導部は萎縮した。
 国外の敵対勢力は常に中国に民主化圧力をかけ「和平演変」(社会主義政権の平和的な転覆)を狙っている—。中国指導部はこの「敵対勢力謀略論」というステレオタイプで解釈をする。
 だが、賀衛方や劉暁波、周舵ら優れた中国の民主派たちは、価値観が多様化する中、中国人自身が民主化を必要としていることをはっきりと感じ取っているようだ。(文 森保裕、写真 京極恒太、文中敬称略)=2011年04月13日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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インターネットを通じて日曜日ごとに中国版「ジャスミン革命」の集会の呼び掛けがある北京の繁華街、西単。大量の制服、私服の公安警察が動員され、通行人に目を光らせる=3月6日

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