公務員は権力の侍女でない

真相暴露メモを獄外に伝達  朴君拷問致死隠蔽事件

 韓国が民主化されるきっかけになった1987年の民主化運動は2人の大学生の死が大きな影響を与えた。取り調べ中に水拷問で死んだソウル大生、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)と、デモ中に催涙弾を直撃され死んだ延世大生、李韓烈(イ・ハンヨル)だ。
 朴鍾哲の拷問による死亡事件は、治安当局が隠蔽(いんぺい)、末端当局者に責任を負わせようと工作。それが暴露されるたびに人々の怒りが増幅し、民主化を要求する起爆剤の役割を果たした。その隠蔽、縮小工作の暴露にひそかに献身した矯導所(刑務所)の 矯導官(刑務官)たちがいた。
 2004年末まで34年間、 矯導官生活を送った韓在東(ハン・ジェドン)(63)は「公務員は権力の侍女ではなく、国民の側に立たなければならないというのが信念だった」と言い切った。
 韓は1947年7月、韓国南部の全羅南道順天(スンチョン)で生まれ、順天高校を卒業した。「行政職、税務署、裁判所といろいろな公務員試験を受けたが、 矯導所だけに合格した」
 「父は大学へ行けと言ったが、運命だと思った。 矯導官の仕事をやってみると、自分に合ってるし、やりがいもあった」。だが、待遇改善を要求し上司と衝突。数カ所の地方勤務をし、75年にソウル拘置所勤務になった。そこへ、東亜日報記者として自由言論闘争をして逮捕された李富栄(イ・ブヨン)(68)が入ってきて、韓と出会った。

反骨気質

 韓は「自分はもともと反骨気質があり、政治犯に関心があった。自分自身が良心的行動ができなくても、彼らを助けたいと思い、地方勤務時代からいろいろ手助けをしてきた」という。
 その後、李富栄は85年に在野運動の連合体である「民主統一民衆運動連合」の常任委員長になり、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権に対する闘争を展開、86年に逮捕され、永登浦(ヨンドゥンポ) 矯導所に服役。そこに勤務していた韓と再会した。
 ソウル大言語学科3年の朴鍾哲が87年1月13日、下宿からソウル市南営洞(ナミョンドン)にあった治安本部対共分室に連行された。朴は指名手配されていた友人の所在を追及されたが、明かさなかった。頭を水槽に押しつけられる水拷問を受け翌日に死亡した。
 当初は単純なショック死と発表されたが、解剖所見や医師の証言などで殴打の事実などが暴露され、当局は1月19日に警察官2人を逮捕したと発表した。事態はこれで沈静化するかにみえた。

 警察官2人は永登浦 矯導所に収監され、李富栄の房の近くに入った。年配のクリスチャンの警察官は一日中賛美歌を歌い、若い警察官は泣いてばかりいた。李富栄は「これはおかしい」と感じ、旧知の安裕(アン・ユ)保安係長に面会を求めた。

「やっぱり」

 安係長は「世の中にこんなことがあるか」と深いため息をつきながら真相を語った。2人は面会に来た治安本部の幹部たちに「自分たちにすべての罪をかぶせるのか」と強く抗議した。2人は主犯ではなく、拷問加担者が別に3人いる。幹部たちは、罪をかぶれば大金を渡し家族の面倒はみると懐柔した。
 真相を知った李富栄は信頼する韓在東に事実を打ち明けた。韓は李富栄が安裕と会ったことを知った時から「何かある」と感じていた。「話を聞いて、やっぱりそうかと思った」。韓は「言葉だけではだめだ」と自分の持っていたボールペンと 矯導官が使う用紙を渡し、事件の真相を翌日までに書くように言った。
 李富栄はその夜、真相をメモし、翌日、それを友人の在野活動家、金正男(キム・ジョンナム )(68)に渡すように韓に頼んだ。しかし、金正男もデモの背後操縦で手配され、逃亡中だった。李は直接、手渡せない場合は 矯導官出身で金正男と親しい全ビョンヨン(チョン・ビョンヨン)にメモを渡すように依頼した。しかし、全も活動家をかくまった容疑で手配されていた。メモの伝達は容易ではなかったが、ようやく全を通じ金に。全はメモを金に渡した直後に逮捕された。
 5月18日、光州事件7周年の追悼ミサを終えたカトリック正義具現全国司祭団の金勝勲(キム・スンフン)神父は「拷問を加えた者は別にいる」と声明を発表、衝撃は韓国全土に広がった。韓国のメディアも事件の真相を相次いで暴露し、韓国の「6月民主化デモ」が一気に全国に拡大。全斗煥政権は国民の民主化要求にほぼ全面降伏し「6・29民主化宣言」の発表に追い込まれた。

長く隠された献身

民主化へ神が助けた

 韓国は民主化され、李富栄(イ・ブヨン)は1992年から2004年まで3期にわたり国会議員を務め、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権では与党、ウリ党の議長も務めた。
 東亜日報記者出身の李は「朴鍾哲(パク・ジョンチョル)君拷問致死隠蔽(いんぺい)事件の真相暴露は、私が記者を辞めて書いた特ダネだ」と回顧した。「事件の真相は、民主 矯導官(刑務官)たちの勇気ある協力がなければ、明らかにならなかった」と韓在東(ハン・ジェドン)ら 矯導官の勇気をたたえた。
 真相告発のメモを受け取った金正男(キム・ジョンナム)は金泳三政権で青瓦台(大統領官邸)入りし、教育文化社会首席秘書官を務めるなど政権の中枢で活動した。この事件はいくつもの偶然が重なり真相が明らかになった。カトリックの金正男は「民主化を神が助けた」と語った。
 李は「獄中にある政治犯にとって、韓在東氏のような 矯導官の存在がどれほどありがたかったか」と当時を振り返った。
 韓在東ら 矯導官たちの隠れた献身は、彼らが公職を離れるまで明らかにされなかった。李富栄らが最近になり当時の真相を語り「民主 矯導官」の果たした役割がようやく知られるようになった。
 韓は「公務員が国民の側に立つというのは言葉ではたやすいが、実際には難しい。私たちのやったことが民主化の助けになったとすればうれしいが、本当の民主化はまだまだだ。本当に社会の底辺にいる人たちの生活が良くなったとはいえない」と語った。(文 平井久志、写真 猪狩みづき、文中敬称略)

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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ソウル大の一角にある朴鍾哲を追悼する記念碑。韓国民主化から10年を迎えた1997年に建てられた

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