試練の恋経て幸せつかむ

祖国も家族も捨てて  肌に蘇る過去の記憶も

 携帯電話の着信音が鳴った。発信先は韓国。知人から紹介された8歳年上の男性だ。その音を聞くだけで、なぜか胸が高まった。2005年1月。中国・瀋陽で働いていた24歳のチョン・スニは、まだ会ったこともない男性に恋の予感を抱いていた。
 一人で北朝鮮を脱出してから、もう7年になろうとしていた。中国北部を転々としながら、食堂の厨房(ちゅうぼう)や宿泊施設などで仕事をした。苦しく、孤独な日々。寂しさを紛らわそうと結婚も考えたが、誰も好きになれなかった。「でも、あの人は違った。声からしてすてきでした」。そう笑うスニは30歳になり、夫となったその男性とともにソウル近郊の仁川(インチョン)市に暮らす。

波乱の韓国生活

 彼とは、中国の朝鮮族の友人を通じて知り合ったが、友人はスニを「朝鮮族の女性」として伝えていた。2度目の電話で、北朝鮮からの脱出住民(脱北者)であることを打ち明けた。「こんな私でもいいのなら、また連絡をして」。電話は来ず、恋は始まりの手前で終わったと思った。
 だが、電話は3日後に再び鳴った。「悩み抜いた結果」として、正式に交際を申し込まれた。断る理由はなかった。男性は2カ月後に瀋陽を訪れてスニと会い、韓国に連れて行く決心をした。
 ブローカーに金を払って朝鮮族の戸籍を作り、06年1月に韓国へ渡った。「夫に会うまでは、韓国に行くなんて夢にも思ってなかった」
 それでも試練は続く。夫と相談し、脱北者であると警察に出頭した。「韓国に夫がいれば1カ月で自由になれる」と聞いていたが、戸籍まで作っていたことから、当局はスパイの疑いをかけた。拘束は5カ月に及んだ。
 釈放後の10月に結婚式を挙げた。やっと始まった新生活。だが、それもすれ違いの連続だった。初めて行った百貨店で高級な服や化粧品を買ってもらい、それが「韓国では当たり前のこと」と思い込んでしまったスニ。北朝鮮の女性は、誰もが素直で従順だと考えていた夫。南北間での言葉のニュアンスや考え方の違いから、激しくぶつかり合うこともあった。次第に家庭内での会話も減っていった。

 「別れましょう」。そう切り出しても聞き流す夫。結婚から3年後、スニは家を出た。アパートを借り、アルバイトをしながら一人で将来を考えた。離婚届も用意したが、判は押せずにいた。
 気持ちをなだめてくれたのは、同じ脱北者の友人たちだった。韓国人男性を夫にしたが、働かずに酒ばかり飲んでいるという話を聞かされた。「浮気やばくちもしない夫と、なぜ離婚するのよ」。その言葉に押されるように夫に電話をかけた。
 「私たち、また始められないでしょうか」
 「本気か?」
 半年ぶりに会った夫は、どこかよそよそしかった。でも、彼の顔を見ると胸が高まった。2人は再び、元の家に戻った。

幸せの実感

 再び暮らし始めると、夫は変わっていた。「私の内面を理解し、合わせようとしてくれた。以前のように横柄ではなくなった」。言い争いはほとんどなくなった。行き違いがあっても、笑って許せる余裕ができた。最初の3年間の「泣いた記憶しかない」日々は、いつのまにか過去になった。
 夫は相変わらず口数が少なく、愛想もない。「典型的な韓国の男」と思うが、北朝鮮の男性とも似ている。「結婚するまではマメなところも同じ」と笑う。今は夫が「私に力をくれる存在」と思える。義母が常に気をかけてくれるのも大きな支えだ。
 時折、脱北時に中朝国境の豆満江(トマンガン)を真冬に渡ったときの刺すような水の冷たさが肌によみがえる。その感覚は北朝鮮や中国で味わった苦難とも重なる。過去の記憶は消し去りたいとも思う。「南北が統一されたら、北にいるスニの家族に会いたい」。そう話す夫に首を縦に振ることはまだできない。
 祖国も家族も捨てて、やっとたどりついた居場所。「夫と出会わなかったら、まだどこかをさまよっていたかもしれない」。そう思うとき、自分は幸せになれたと思う。慣れないこともまだ多いが「2人で元気に生きていきたい」。はにかむように、スニが笑った。

専門の結婚仲介業者も

男女の思いはさまざま

 ソウル市内に事務所を構える結婚仲介業者「南男北女」は脱北女性と韓国人男性を仲介する専門業者として2005年に開業、これまで456組のカップルをゴールインさせた。「成婚率は7割前後。離婚はこれまで3組しかありません」。そう話す40歳の代表、崔英姫(チェ・ヨンヒ)も脱北女性の一人だ。
 韓国統一省によると、韓国入りした脱北者数は今年2月末で2万761人。うち1万4292人が女性だ。
 市民団体「脱北女性連帯」によると、脱北者に占める女性の割合は1989年には7%にすぎなかったが、近年、急増している。女性の7割は単身で脱北しており、同団体は「韓国人男性との結婚が韓国社会に適応する最もいい手段」と話す。
 崔の会社に登録する韓国人男性は約100人で、30歳代が最も多い。「学歴や収入重視の韓国人女性に幻滅したり、北朝鮮の女性は美しいと思っていたり」と男性側の思惑はさまざまだ。
 脱北女性の登録者数は男性の3倍の約300人。「彼女らは同じ脱北者の男性を好まない。仕事をしなかったり、男性優位主義者が多かったりするので」。崔も今秋、韓国人男性と結婚する。
 一方、昨年、韓国人男性と離婚した30代の女性は「夫の実家では私は同胞ではなく、外国人として排除された」と話す。脱北者の支援団体などは「(脱北者に対する)韓国人の意識改革が必要」とも指摘している。(文 佐藤大介、文中敬称略)=2011年03月16日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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仁川市内の自宅で、韓国での結婚生活を語るスニ。身柄拘束や別居など波乱の日々だったが、今は夫婦の愛情を感じながら幸せをかみしめている(撮影・金民熙)

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