格安航空で風雲児に

苦難の文革、経営で頭角  「市場が先生」貫く

 中国・上海と茨城を結ぶ航空路線を新設し、わずか4千円のチケットを販売、日本で急速に知名度を上げた格安航空会社、春秋航空(上海市)の会長、王正華(おう・せいか)(66)は中国航空界の風雲児だ。文化大革命中の苦難を乗り越え、経済の改革・開放政策の波に乗って旅行社経営で頭角を現し、航空会社も手掛けることに。座右の銘は「市場が先生」。経営哲学は徹底した顧客主義と合理主義だ。

逆境がバネ

 「庶民が喜ぶことをずっと求めてきた。どんな旅行が好きかは、人それぞれ。価格を安く抑えた個人向け旅行商品の開発に取り組み続けた」
 1981年、上海市に設立した私営企業「春秋旅行社」の事務所の広さはわずか2平方メートル、社員は外回りで机が必要ない営業部員を含め計9人。旅行業界は当時、中国国際旅行社など国営の大型企業3社が牛耳っており「当初は全く相手にされなかった」と振り返る。
 逆境をバネに、まず取り組んだのは先進国の旅行会社大手の研究だ。当時、中国の三大旅行社が扱っていたのは、職場単位の出張やレクリエーションに伴う団体旅行が中心だったが「日米欧の旅行商品は個人向けが主流だと分かった」。
 改革・開放政策の総設計師と言われた最高指導者、頳小平(とう・しょうへい)(故人)が主導した経済発展に伴い、春秋が開発した個人向け旅行商品の業績はうなぎ上りに。会社を立ち上げてから14年目の95年、年商で三大旅行社を抜き、業界トップに躍り出た。
 社会主義の理想を求め中国共産党主席の毛沢東(もう・たくとう)(故人)が66年に発動し10年間続いた文化大革命終盤の75年に人生の分岐点があった。
 上海市の出身。同市の区幹部だった王は優秀な共産党員として選抜され、北京の共産主義青年団への転出が内定していたが、毛に絶対的な忠誠を誓う「造反派」の幹部を批判する発言をして、内定が取り消された。
 しかし、76年9月、状況は一変した。毛が死去し文革は終結、造反派の多くは失脚した。王が内定通り北京に転出していれば、同様に失脚した可能性が高かった。「政治は肌に合わない。企業経営の方が合っていると感じた」。王が旅行会社を設立したのは、文革の終結から5年後のことだった。

 航空界への進出は市場ニーズを徹底的に求めた結果だ。春秋旅行社は、旅行商品の料金を抑える目的から、大手航空会社のチャーター機を積極的に使った。この実績を評価した中国政府は2004年、私営企業に対する初の航空会社設立認可を春秋に与え、同年、春秋航空が誕生した。中国内では航空大手の寡占の弊害が目立ち始めた時期。政府には、春秋の参入により業界に新風を吹き込む狙いがあった。

倹約精神

 昨年の年商36億元(約455億円)、従業員数約4千人。春秋は、航空会社、旅行社を中核とする大型グループ企業に成長した。
 春秋航空の保有旅客機は180人乗りA320が22機。1機種に絞り込んでいるのは、機体の維持、整備の効率化を図るとともに、上海を起点に5千キロ余りのエアバスA320の航続距離の範囲に新路線開設を集中させるのが狙い。全土が航続範囲に入る日本は経営戦略の主な対象。高松への運航にも合意済みだ。
 7人きょうだいの上から2番目で長男。父は技師。工場労働者だった母への思いが強い。生活は貧しかったが「母は勤勉で、倹約を重ねて私たちを育て上げた」と回想する。
 尊敬する人物は米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。「遺産をすべて寄付する考えだと聞いた」というのが理由だ。「私の年収は社内平均の13万元(約160万円)。お金はそんなに必要ない」。王の住まいは上海市郊外の庶民的住宅の一区画。本社の会長室も6畳ほどの古びた部屋で質素なつくりだ。
 一方で優秀な人材を得るため、機長の年収は王の4倍以上の60万元と中国の航空大手を上回る水準を守る。安全性向上と徹底的なコスト削減に努め「格安」を実現しているという春秋に、王の亡き母の倹約精神が息づいているのは間違いない。

高成長の重要な担い手

文革期「資本家」と弾圧

 中国の自営業を含む私営企業は、1949年10月の建国以降、苦難の道をたどったが、今では経済の高成長を支える重要な担い手だ。
 毛沢東の指導の下、国営企業による計画経済が主体の社会主義建設を進める中、私営企業家は「資本家」と位置付けられ、接収などにより消滅した。文化大革命では、毛の衛兵として組織された「紅衛兵」を含む「造反派」が元私営企業家を激しく弾圧した。
 毛の死去後、実権を掌握した頳小平は78年末に経済の改革・開放政策への転換を宣言。ただ、経済は国営企業を軸とした「公有制」が主体だったため、私営企業はあくまでも「補完」とされた。
 92年1月、頳が「南方講話」で改革・開放の加速を訴えたのを機に経済が急成長。国営企業は国有企業と呼称変更され、私営企業も急増した。99年、全国の私営企業従事者が8千万人を超え、全就業者数に占める割合が約12%に増加。同年の憲法改正で私営企業は「社会主義市場経済の重要な構成部分」と規定され本格的に認知された。
 2001年、私営企業家の入党が解禁され、翌02年には、共産党が先進的な生産力の発展などを代表するとした「三つの代表」思想が党規約に追記され、私営企業の地位が格段に向上。09年の全国の私営企業従事者は約1億5千万人で全就業者数の約2割を占めた。(文 辰巳知二、文中敬称略)=2011年03月09日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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春節(旧正月)休みでも帰省できない200人以上の社員を集め、宴会で杯を交わす春秋航空会長の王正華。「社員は家族と同じ」と語る=中国・上海市内(撮影・町川秀人)

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