差別と戦い、愛国心証明

ボ収容所から米軍志願  オバマ氏が金メダル授与

 「なぜ、降伏しないといけないのか」。向き合った旧日本軍の中佐がにらみつけた。投降兵を迎える「簡単な任務」が一転。とっさに「死んだら日本を再建できないぞ」と答えた。
 1945年8月15日の玉音放送の数週間後、灼熱(しゃくねつ)のフィリピン・マニラ郊外。森の空き地を挟む形で、旧日本軍側の約250人と米軍側の十数人が遠くから緊迫の対面を見守った。米陸軍の前線通訳グラント・イチカワの必死の説得に折れ、中佐が日本刀を差し出す形で「投降」を表明したのは、10分ほどのやりとりの後と記憶している。
 「食料を与えても中佐が手を付けるまで全員が待つほど規律が行き届いた部隊。こちらは圧倒的に数が少なかった。もし私が白人で日本語が話せなかったら…」
 イチカワ(91)は戦時中、対日戦の「秘密兵器」とされた陸軍の軍情報機関(MIS)に所属。“薄氷の任務達成”は、日系米国人2世として差別と戦い続けた苦い記憶とともに脳裏に焼き付く。

二流市民

 山梨県から移住した父の下、米西部カリフォルニア州で生まれ育った。移民への「二流市民」の扱いは、41年12月に真珠湾攻撃で日米が開戦すると拍車が掛かった。
 まずはラジオと銃が取り上げられ、夜間外出も禁止。やがて、42年2月にルーズベルト大統領が署名した大統領令9066号に基づき、農地を手放して強制収容所へ移動するよう命じられた。
 最初の仮設収容所であてがわれたのは馬小屋。「掃除しても臭いがとれない。人生のどん底だった」。8月ごろ、アリゾナ州の砂漠地帯にあるヒラリバーの強制収容所に両親、弟、妹とともに入った。宿舎の床の隙間から砂が舞い込んだ。「なぜ、こんな目に遭うのか」。やりきれぬ思いから日系の出自を恨んだ。
 日米開戦当時22歳だったイチカワに転機を与えたのは、ほかならぬ米国だった。陸軍が通信傍受や翻訳のために日本語ができる兵士を収容所でも募集し始めた。
 「米国への愛国心を証明する絶好の機会」と応募した。だが、日系米国人の中には「家族が収容所から解放されない限り、国のために戦えない」との反発も強かった。イチカワにも「志願をやめろ」の声が。差別が日系人の内部対立を生んだ。
 米軍は日系人に限って米国への忠誠心を問う特別な署名を要求。さらに、半年の厳しい語学研修を終えた階級は日系人は伍長で、白人は少尉。「また差別か…」。
 不当な扱いを受けているとの思いは、終戦を迎えるまで消えなかった。自分が米国人だと証明するため命懸けで任務を全うした。

疑念封印

 占領期に入っても日系人は頼りにされた。イチカワは45年11月、米軍調査団の一員として原爆投下3カ月後の広島を訪問。残された地図など関連文書の収集や科学者の通訳が任務だった。
 はしと器を手に、道端の焼け跡から何かを探している女性がいた。よく見ると、小さな遺骨を拾っている。話し掛けることはできなかった。「一つの爆弾がこんな被害をもたらすとは」。
 移民1世には広島県出身も多かった。「本当に原爆投下が必要だったのか」との疑問が湧いたものの、公言することはなかった。米国への忠誠心を疑われるからだ。
 イチカワはその後、インドネシアやベトナムの米大使館で情報将校などを務めて退官。現在は日系米国人退役軍人協会(JAVA)の理事だ。
 昨年10月、オバマ米大統領は米国で最も権威がある勲章「議会金メダル」を日系人兵士に授与する法案に署名した。欧州戦線で活躍した陸軍第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団とともにMISも授章対象となった。
 MISの代表としてホワイトハウスでオバマ氏と歓談する機会も得たイチカワだが、何より誇りとするのは「米社会から日系人への差別が消えた」ことだ。90歳を越えた今、日本人に伝えたいことがある。「差別をなくすために戦った日系米兵の歴史を忘れないでほしい」。

日本語駆使する秘密機関

「敵性外国人」の例外に

 米陸軍は1941年春、対日戦に備えて日本語が

できる兵士をひそかに募集し始めた。カリフォルニア州に司令部を置く第4軍の情報学校が日本語研修を始め、やがて軍情報機関(MIS)として約3千人を各戦線に派遣。存在自体が機密の「秘密兵器」だった。
 敵の通信傍受や文書の翻訳は作戦に不可欠。だが、複雑な日本語を駆使し、日本兵の心理を読み解くことができるのは「敵性外国人」と判断された日系人にほぼ限られた。米政府は日系人が例外的に軍務に就くことを認め、強制収容所などから集められた。
 陸軍が作成した研究書によると、MISの前身となる日系人通訳のアラスカやパプアニューギニアでの働きぶりが評価され、日系人兵士による第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団の編成につながった。両部隊は欧州戦線の激戦地で多くの犠牲者を出した。
 日系人兵士は両親や兄弟を強制収容所に隔離した米国のために、日本と戦うジレンマを抱えた。ある元日系人兵士は「MISの日系人は三つの敵と戦った。日本、米国の差別、部隊内の不信だ」と指摘する。
 MISは第442連隊戦闘団などの陰に隠れ、無名のままだ。全米日系人歴史協会(ロザリン・トナイ事務局長)はカリフォルニア州サンフランシスコにMISの記念館建設を進めている。(文 杉田雄心、文中敬称略)=2011年02月16日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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日系米国人団体の集会で、退役米人仲間と肩を組むイチカワ(中央)。困難をくぐり抜けた特別な仲間同士、話が尽きることはない=ワシントン(撮影・杉田雄心)

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