貧者救う「生ける伝説」

無料治療続ける華人医師  粛清、暴動を乗り越えて

 「この子、熱があるみたいで」。まだ薄暗い午前6時。インドネシア・ジャワ島ソロの住宅街に母親のアユ(27)が幼い男児を連れてきた。机とベッドがぽつんと置かれただけの診察室は、中国系の医師ロー・シャウ・ギン(76)の自宅内にある。ローは容体を詳しく尋ね、胸に聴診器を当て始めた。
 「祖父母の代から先生に診てもらっている。お金を払ったことはない。払おうとしたら怒られた」とアユ。待合室にいた女性スリヨウィ(72)は「数十年診てもらっている。先生の顔を見るだけで痛みが和らぐ」と言い、目にいっぱいの涙を浮かべた。
 ローは40年以上、貧しい人々を無料で治療し続けてきた現代の「赤ひげ」だ。「特別なことは何もしてない」とメディアへの露出を嫌うため、インドネシアでも知る人は少なかったが、地元紙が昨年ローを取り上げ、多くの貧しい人々を救った「生ける伝説」と最大級の賛辞を贈った。
 自宅前には医院の看板もない。近所の誰もがここを知っているからだ。看護師もいない。ロー1人で1日約100人の患者を診察する。
 思い詰めた顔の若い男女が診察室に飛び込んできた。エックス線写真を見せ、父親の肝臓がんの状況を尋ねる。ローは「こりゃいかん。すぐシンガポールの病院へ行った方がいい」と勧めた。
 患者が貧しくても裕福でも、ローは分け隔てなく報酬を受け取らない。それでも「勝手に置いていく人はいるんだ。ほら、これ」。机の端の小さな紙包みの中には1万ルピア(約100円)が入っていた。「結局、患者の3割は金を置いていく。寄付してくれる裕福な人々もいる。そういうお金を貧しい人の治療費に回す。何の秘密も魔法もない」。ローは豪快に笑った。

9・30事件

 ローは緑濃い同島マゲラン県で生まれた。高校生のとき医者になりたいと父親に言うと「なるなら金もうけはするなと言われてね」。小さなたばこ店主だった父は「実直な人だった」という。
 国立大医学部を卒業後、ローはソロの総合病院の院長だった同じ華人のウンに出会う。ウンは「民族や宗教、思想や地位に関係なく、病人を治すのが医師の仕事」が口癖で、貧しい人々を無料で治療していた。
 65年、当時のスカルノ大統領の親衛隊による軍首脳殺害を機に、スハルト率いる軍部が華人を中心に共産党シンパとみなした人々を収容所に送ったり、殺害する事件(9・30事件)が起きた。共産党系と疑われた同病院の医師3人も捕まり、医師はウンとローの2人だけになったが、貧困層への無料治療は続けた。
 病院に寝泊まりしていたローは結婚後、自宅でも診察を始めた。「以来ずっと第1夫人は患者で、私は第2夫人なの」と妻のガン・マイクウェ(63)がほほ笑むと、ローも「妻の理解がなければ続けられなかった」とうなずいた。

「診察が趣味」

 81年、ローは小さな産婦人科医院に頼まれて院長に就き、そこでも貧困層への無料治療を続けた。しかし、スハルト政権が崩壊した98年、経済を支配する華人への憎悪が高まり、全土で華人を狙った暴動が発生。ローの自宅付近でも華人宅が焼かれ、黒煙が上がった。
 「避難するようお願いしても聞いてくれないので、先生の家を守ることにした」。人力三輪車の運転手ヘルウォノ(42)たちは、ローの自宅前で1週間以上、昼夜を問わず交代で見張り続けた。警備員イリヨノ(48)が言う。「家族が病気のときも、先生のおかげで心配せずにすんだ。今度は自分たちが助ける番だと思った」
 ローが院長を務めた医院は今やソロ有数の総合病院になった。ローは7年前に院長を辞めたが、今も自宅で毎朝3時間診察後、病院へ行って2時間診察、自宅に戻るとまた夜まで5時間診察する。「診察が趣味なんだ」と照れたように言う。
 近所の理容師スリヨノ(42)が「先生は短気でよく怒るんだ」と打ち明けた。「病気になっても長い間、診察に行かないと『なぜ早く来なかった』と怒鳴られる。本気で心配してくれてるんだ」。ローを慕う近所の人々が一斉にうなずいた。

事故青年の手術費も負担

後継者なしに「仕方ない」

 「医は仁術」とは「似而非(え せ)医者どものたわ言だ」。黒沢明監督の映画「赤ひげ」の原作となった山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚(たん)」の中で、

「赤ひげ」と呼ばれる医長の新出去定(にいで・きょじょう)に若き医師・保本登(やすもと・のぼる)は最初、反発するが、次第に心服し最後には志を継ごうと決意する。
 だが、ローには後継者がいない。「仕方ない。今の若者はかわいそうだ」とロー。インドネシアではスカルノ初代大統領の施策でローが国立大に入ったころの授業料は無料。しかし、今は医学部の授業料は非常に高額で「親類に借金して回るから、医師になった後、その分を早く取り返さないといけなくなった」と苦笑いする。
 ローが院長を約20年務めた病院の会計担当スリムティ(52)には忘れられない出来事がある。
 2003年、電車の屋根の上で無賃乗車していた高校生が転落して両足を切断し、病院に運び込まれたが、両親と連絡が付かない。患者に支払い能力がなければ、手術はしないのがこの国の現実。現場が迷っていた時だった。「私が治療費を持つ」。ローの一言で、患者は一命を取り留めた。ローは義足まで贈り、就職の世話もした。
 「先生は貧しい人々の薬代などを自分の給料から払っていた。同じことができる医師はもういない」とスリムティは漏らす。それでもローの思いは受け継がれ、同病院では今も貧しい人々の治療費は半額にしている。(文 淵野新一、写真 村山幸親、文中敬称略)=2011年02月09日

「地球村」の人びとは今、何を喜び、なにゆえに悲しみ、日々の暮らしを送っているか。「@LOVE」では世界各地のラブストーリーを紹介。このほか「@コリア」「@チャイナ」「@アメリカ」「@その他地域」と五週を一クールとするこの企画では、地域ごとに主人公やテーマを立て、「今を生きる」人間模様を描く。

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インドネシア・ジャワ島ソロの低所得者層が暮らす地域で遊ぶ子どもたち。なかなか病院に行けない貧困層は依然として多く、国連によるとインドネシアの乳幼児死亡率は日本の約10倍にも上る

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