真言密教のルーツ復興を

空海が学んだ青竜寺  日中つなぐ住職、寛旭

 空海(弘法大師、774〜835年)の廟(びょう)がある奥の院。厳かな中国語の読経が雪化粧の山にしみ入る。中国陝西省西安の青竜寺住職、寛旭(かんぎょく)(40)は今年1月、信徒5人とともに空海が開いた高野山金剛峯寺(和歌山県高野町)に参った。
 「空海、恵果が日中仏教徒の友好交流をお守り下さるよう、青竜寺が一日も早く完全復興できるよう心から祈りました」
 804年、空海は唐の都、長安(現在の西安)に入り、青竜寺の僧、恵果に密教を学んで約2年後に帰国し、真言宗の開祖となった。
 その後、青竜寺は廃れたが、1984年、日中の協力によって、跡地に恵果・空海記念堂が建てられた。そして97年、記念堂は青竜寺となり、寛旭が再建を進め、真言宗など日本の仏教界との交流を続けてきた。
 高野山は5回目だが、冬は初めて。真っ白い雪をかぶった杉木立や灯籠が清らかで美しい。
 「来る度に空海の偉大さを感じる。彼は短期間で唐代の密教を学びとった。書や道教、土木技術にも通じた天才だ」
 寛旭が読んだのは空海が日本に伝えた理趣経。1200年の時の流れと日中間の空を越え、2人の僧の魂が触れ合う。

14歳で出家

 寛旭は西安の西約300キロ、甘粛省天水市の農村に生まれた。貧しいが、敬虔(けいけん)な仏教徒だった両親の影響を受けて、14歳の時に仏教を志し、西安興教寺の小僧となる。
 「出家して仏(聖人)になりたい一心だった」
 読経、座禅、掃除や寺の畑の農作業…。小僧の毎日は忙しいが、懸命に修行に励んだ。88年〜94年は、浙江省の仏教学院で学び、名刹(めいさつ)の普陀山普済寺で経験を深めた。
 若いが、聡明(そうめい)で勤勉、穏やかな人柄により、仏教界の信望は厚い。2008年7月からは青竜寺に加え、西安の古寺、大興善寺の住職も兼ねるようになった。両寺合わせて僧侶や職員計約160人のトップに立つ。
 午前5時すぎ、氷点下5度の寒さの中、朝の勤行が始まった。周囲に高層ビルが立ち並ぶ大興善寺の本堂。寛旭を中心として、寺で共同生活を営む僧侶たちが 木魚に合わせ、神妙な表情で経を読む。6時15分から全員で無言の朝食。饅頭(まんとう)、野菜の炒め物とトウモロコシがゆ。

 中国の僧侶は戒律が厳しく、生涯にわたって「独身、菜食、僧衣の着用」を守らなければならない。肉、魚や酒、ネギ、ニンニクなど生臭い野菜も口にしない。
 極左的な政治の嵐が吹き荒れた文化大革命(1966〜76年)の時、多くの寺は荒れ果て、僧侶たちは還俗(げんぞく)を余儀なくされた。仏教はその後、改革・開放政策の中で復活。経済成長に伴って、寺への寄進や参拝者も増えた。仏教研究も盛んになり、今は「仏教ブーム」とさえ言われる。

空虚感

 「急激な経済成長により、物質生活は豊かになったが、精神生活が追いつかない。人生はむなしいと感じて宗教に救いを求める人が増えた」。寛旭は人々を救いたい。
 「自分自身と人生の大切さを知ることだ。仏に帰依すれば、心は愉快になり、煩悩は減り、仕事への活力もわく。信仰で人々の生活を良くし、精神面を豊かにしたい」。
 寛旭は20元(1元は約13円)の入観料を廃止し、大興善寺の門戸を庶民に開いた。週末には信徒を集め、読経、写経、説法によって、地道な布教に努める。
 中国の密教は845年の仏教弾圧で廃止され、現存していない。「唐代に密教寺院だった青竜寺と大興善寺を拠点に密教を復活させたい」。寛旭は熱っぽく語る。
 青竜寺には、新しい立派な本堂や門がほぼ完成した。「3年後には九重塔建設などすべての復興計画を完成させたい。密教道場もつくり、僧侶を日本へ留学させて密教を還流させたい」
 昨年の中国漁船衝突事件の際、西安では若者ら7千人以上が激しい反日デモを行った。「問題を解決するのは政治家の仕事だが、日中の国民が交流を深め、互いに理解をし合えば、矛盾は大きくならないでしょう」
 青竜寺の旧本堂奥の暗がりには、空海と恵果の座像が並ぶ。今、日中関係は揺れるが、2人は慈悲深いまなざしで、この世を見守っている。

空海、密教研究盛んに

初の国際シンポジウム

 中国では1988年に福建省で空海研究会が誕生し、2010年4月には陝西省西安で「第1回中国密教国際学術シンポジウム」が開かれるなど、空海や密教の研究が活発化してきた。
 高野山大学名誉教授の静慈圓(しずか・じえん)は、空海が漂着した福建省霞浦赤岸から西安までの2400キロを「空海ロード」と名付け、二十数年来、日本の巡礼団を率いて何度も歩いた。
 シンポジウムにも参加した静は「中国のあちこちに空海の像ができ、人々が拝み始めている。宗教的にも学問的にも中国で空海がよみがえってきている」と話す。
 シンポジウムを主催した陝西師範大学教授の呂建福によれば、1987年に陝西省の法門寺地下宮から密教関係の文化財が大量に出土したこともあって「学術界の密教ブームは熱くなる一方」だという。近年、インターネットを通じた布教活動によって密教を信仰する若者も増えている。
 呂は「密教は神秘性が高く、即身成仏(人が現世で悟りを開き仏になれる)という考え方が人々に受け入れられやすいのだろう」と分析する。
 中国指導部は和諧社会(調和社会)の実現を目標に掲げる。チベット仏教など一部の宗教が少数民族運動と連動していることもあり、一党独裁下の宗教管理は厳格だが、体制内の宗教は社会の調和に役立つとの指導部の評価も定着してきた。(文 森保裕、文中敬称略)=2011年02月02日 

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大興善寺の本堂で朝の勤行をする寛旭。5人兄弟の上から4番目。14歳のとき出家を両親に反対されて家出を繰り返した。今は、現代の若い僧にいかに真剣に修行させるかで頭を悩ましている=中国陝西省西安(撮影・岩崎稔、共同)

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