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 「感動を食卓に」   農家と母親つなぐ 

 「はたけのみかた」起業    無農薬野菜で離乳食 

野菜づくりについて山本嘉紀(右)と話をする武村幸奈。「自然がいっぱいのここに来るとほっとします」=滋賀県甲賀市(撮影・泊宗之)

野菜づくりについて山本嘉紀(右)と話をする武村幸奈。「自然がいっぱいのここに来るとほっとします」=滋賀県甲賀市(撮影・泊宗之)

 少し冷え込んだ日だった。武村幸奈(たけむら・ゆきな)(24)は車を40分ほど運転して滋賀県甲賀市の山中にある山本農園を訪ねた。自然農法を実践するここからは、ニンジンやトマトなどを仕入れている。早速、畑に入ると、雑草が生えた足元からはバッタやクモなどいろいろな生き物が飛び出してきた。
 「これ食べてみて」。農家の山本嘉紀(やまもと・よしき)(56)がニンジンを抜いて手渡す。細い根がいっぱい出ていてキラキラと光る。土が付いたままかじった武村。「甘い柿のようですね。葉っぱはふりかけにしたい」。山本が笑いながら「化学肥料も農薬も使わないで育てるからこその味です。雪が積もった後だと、もっと甘くなりますよ」と返した。
 安全・安心な野菜を生かした離乳食づくりを目指す武村が、インターネットで探し最初に会った農家が山本だ。武村は言う。「おいしい野菜がある喜び、このニンジンを食べた時のような感動を食卓に届けたいですね」


 ▽重ねた失敗

 武村は2014年、龍谷大4年生の時に無添加のベビーフードを製造・販売する会社「はたけのみかた」を仲間3人と創設した。きっかけは、有機野菜の販売を助ける学生団体を1年生で結成してから、農家の深い苦悩を知ったからだ。
 有機や無農薬で栽培した野菜は大きさや色、形がバラバラで収穫量も少なく販売先を探すのが難しい。収入は多くないという。「諦めて、生活のため化学肥料や農薬を使う栽培に戻る農家もいる」と聞かされた。
 ヒントをくれたのは、直売所に来た人たちの言葉だった。子どもが生まれて食の安全・安心を意識し、有機野菜の宅配を申し込んだり、野菜市に出掛けたりするようになったという。「この子育て世代と頑張る農家を結び付けることができれば」
 注目したのが売り上げを伸ばすベビーフードだ。「離乳食を作るのはすごく大変。周りから『手作りが一番』と言われても共働きとか忙しいお母さんは時間がない。かといって市販品も心配だ」という現実がある。
 ターゲットを決めると行動は早い。農家を山本に紹介してもらい仕入れ先を確保。離乳食づくりを指導する管理栄養士らのアドバイスを受けながら試作を繰り返した。
 「素材の味を生かすための野菜の煮方や昆布だしの取り方など、レシピの完成までに数え切れない失敗を重ねました」

        「はたけのみかた」の離乳食を赤ちゃんに食べさせていた堂上あさぎ=京都市(撮影・泊宗之)

「はたけのみかた」の離乳食を赤ちゃんに食べさせていた堂上あさぎ=京都市(撮影・泊宗之)

 ▽奇跡と希望

 「マンマ 四季の離乳食」と名付けた商品を売り出したのは翌15年9月。今では月最大約5千袋のレトルトパックを作る。製品には食材を育てた農家の名前も分かるようにラベルを貼っている。
 ネットでの販売に加え、赤ちゃんも一緒に食事を楽しめるようにと、「マンマ」を置く飲食店や旅館も増えてきた。「出産祝いに離乳食を贈るような文化になればいいですね」と夢は広がる。
 武村は毎朝7時から昼まで製造に携わり、午後は営業や企画に充てる。「野菜の端境期に在庫が切れることも。できればパートの人を雇って生産量は毎月1万5千から2万まで増やしたい」
 材料の野菜やコメは「規格外で市場に出せないものを優先して市場の価格を考慮した高い価格で買い取っています。私たちとの取引が少しでも農家の助けになれば」と“農家ファースト”を貫く。
 会社があるのは湖南市にある実家のレストランの2階。母親が経営するこのレストランで社員がアルバイトして自分の生活を支える期間も長かった。「やっと毎月の給料を払えるようになりました」と武村が苦笑する。
 今後は離乳食以外の商品も開発する考えだ。武村の仕事ぶりに、農家の山本は「最初に会った時からぶれていない。若い人が頑張って取り組んでくれることが奇跡であり、私たちの希望でもあります」。

 ▽交流が理想

 武村は商品を購入した人に会って意見を聞くこともある。この日は京都市の喫茶店で、花屋に勤める堂上(どううえ)あさぎ(40)と待ち合わせた。
 「大学の同級生から紹介してもらい、値段はちょっと高いけど『こんなのがほしかった』と買いました。普段は手作りですが、ちょっと手抜きしたい時に使いました」。保育園に迎えに行った帰り、1歳8カ月になる長男三玲(みれい)をあやしながら堂上が教えてくれた。
 三玲が離乳食を食べたのは生後6カ月から1歳2カ月までの間。「この子の肉や血になると思ったら無添加のものを食べさせたい。武村さんのおじやは、ほんとうのカボチャやサツマイモの味がして、他の市販品よりもよく食べてくれました」
 それを聞いた武村がほっとした表情を見せる。消費者からも勇気をもらった。「将来は暮らしの中に無農薬、有機で栽培した野菜があって、それを育てた農家とも交流できるのが理想です」(敬称略、文・諏訪雄三、写真・泊宗之)

◎社会起業の時代 

 「実は私自身、ファストフード店育ちです」と武村幸奈(たけむら・ゆきな)が打ち明ける。野菜のおいしさに目覚めたのは、大学時代に農家を支援する活動を始めてからだ。「大人になった時の感動の方が、原動力になりますよ」
 就活もせず在学中から起業を目指したことに、親は驚きながらも「やってみたら」と背中を押してくれた。「週末だけを楽しみに平日を我慢するようなサラリーマンになりたくない」とも思っていた。「お金より、やりがいのある人生です」
 武村は「農家が一つ一つ心を込め育て、とてもおいしいのに、必ずしも正当な評価を受けていない」と話す。そういう目の前にある社会の課題を自分の力で解決しようと会社までつくった。「社会起業の時代」が到来したことを実感させてくれる人だ。(敬称略)