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 「自分らしく生きる」   発達障害の学生を支援 

 経験生かしシステム開発     「一人で悩まないで」 

大学4年の直人(仮名、手前)に「ブースター」の使い方を教える亀田峻宣。冗談を交えながら、わかりやすく説明する=大阪市中央区(撮影・大森裕太)

大学4年の直人(仮名、手前)に「ブースター」の使い方を教える亀田峻宣。冗談を交えながら、わかりやすく説明する=大阪市中央区(撮影・大森裕太)

 パソコンの画面に時間割が現れた。赤や青で色分けされた授業の一つをクリックすると、出席状況を記録するウインドーが飛び出た。「授業に出てへんの、学校にバレバレやん」。大学4年の直人(なおと)(仮名)がぼやく。
 「そのためにこれがあるねん」。大阪で大学の非常勤講師を務める亀田峻宣(かめだ・たかのぶ)(34)がすかさず突っ込む。2人が見ていたのは、亀田が開発に携わった「ブースター」。発達障害のある大学生を中心に、困り事を抱える学生と大学側が双方向でスケジュールなどを管理する教育支援システムだ。
 発達障害のある学生は、日によって異なる始業時間や、課題の提出期限を把握するのが大の苦手。直人も授業を欠席しがちで、留年した。「他の人が普通にできることが、なんで、でけへんのやろ」。亀田には直人の苦しみが痛いほど分かる。自身は大学卒業後、発達障害の一つ、注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された。


 ▽診断で少し楽に

 ケアレスミスが多い、予定管理ができない、関心の有無によって注意力にばらつきがある―。発達障害の症状と度合いは人によってさまざま。亀田も小さい時から「兆候」があった。
 勉強はよくできたけど、抜けている。中学生の時、古文の教科書を連続3回忘れ、普段穏やかな先生が「なめとんのか」と声を荒らげた。怖くなり、全科目の教科書を持ち歩くようになった。
 2001年、京大に入学。複数ある課題の期限を把握しきれない。授業の日付を覚えても、目覚ましをかけ忘れる。「なんとかしなきゃ。だけど、頑張ってもうまく回らない」。いくつも単位を落とし留年。障害のせいだとは思わなかった。
 現在、摂南大など四つの大学で、就職活動に向けての指導や筆記試験対策を担当する。講師という生き方にたどり着くまで、長い回り道をした。
 就職した会社の経理課でミスを頻発、毎日のように怒鳴られた。つらくて、駅のホームで吸い込まれるように足が前に動いたことも。友人に相談すると「発達障害じゃないか」。診断が出て少し気が楽になった。「できないのは、努力が足りないせいじゃなかった」
 当時から付き合っていた妻に振られる覚悟で診断結果を伝えた。「そうかなと思っていた」。あっけらかんとした返事に救われた。会社を辞め、妻が一時生活を支えた。
 自分に合った仕事を見つけるまでに、約1年かかった。アルバイトで塾講師を始めると、教えることの楽しさに魅せられた。講義という限られた時間なら、集中力を最大限発揮できる。知人の紹介で、講師として大学の現場に戻ると、昔の自分のように悩み苦しむ学生がいた。

        就職活動前の学生約50人に筆記試験対策を講義する亀田峻宣=大阪府寝屋川市の摂南大(撮影・大島千佳)

就職活動前の学生約50人に筆記試験対策を講義する亀田峻宣=大阪府寝屋川市の摂南大(撮影・大島千佳)

 ▽自立を助ける

 日本学生支援機構の調査(15年度)では、発達障害の診断書を持つ大学生・院生は2961人で、8年前の約20倍。社会的に知られるようになり、診断を受ける学生が増えたが「専門的な知識を持つスタッフの育成が追い付いていない」。それが亀田の実感だ。
 「自分にできることはないんやろか」。昨春、発達障害者向けの就労支援会社「エンカレッジ」(大阪市)の京都事業所を訪ねた。30以上の大学から相談を受けてきた窪貴志(くぼ・たかし)社長(39)に、社員になりたいと申し出ると「講師の立場を生かした支援もできるのでは」。学生の自立を助けるシステムが必要と考えていた窪は、当事者で大学の現状もよく知る亀田に声を掛け、「ブースタープロジェクト」が動きだす。
 週に1度集まり、何時間も議論した。授業を前日までに知らせるアラーム。同時進行する課題の進み具合の記録。学生時代に亀田が苦手だったことをサポートする機能が、次々と加えられた。
 10月、京大や岐阜大など7大学で試験運用が始まった。障害学生支援室などのスタッフは、学生が入力する出席状況や課題の進み具合を見て、相談に乗るなど必要なときに手を差し伸べる。京大の担当者は「状況が把握しやすくなり、より多くの学生を支援できる」と期待する。

 ▽回り道を短く

 亀田は今、弱点を克服する自分なりの工夫をしながら日々を過ごす。忘れ物を防ぐため、旅行用バッグに仕事の荷物を詰め込んで持ち歩く。ミスがないよう、作成した講義の資料のチェックを同僚らに頼んでいる。
 障害でもがき苦しんだからこそ、伝えられる言葉がある。就活生向けの情報サイトで自身の経験も伝える。「助けを借りてもいい。一人で悩まなくていいんだよ」
 卒業して社会に出れば、支援を受けられる機会は減る。「社会に巣立つ学生が、自分らしい生き方を見つけるまでの回り道が、少しでも短くなれば」。ブースターが、助けの一つとなるよう、亀田は願っている。(敬称略、文・武田爽佳、写真・大森裕太、大島千佳)

◎「普通」に疑問を 

 「発達障害かも?」と思っても、受診する心理的ハードルは高い。直人(なおと)(仮名)も病院に行くつもりはない。「もし診断されたら、普通に暮らしていけないと言われたようで、怖い」。彼のように、生きづらさを感じている“グレーゾーン”の学生は多いだろう。
 亀田峻宣(かめだ・たかのぶ)は「普通」という言葉は「虚構ではないか」と疑問を投げ掛ける。「『普通』でなければいけないという概念にとらわれると、障害のある人は自分らしく生きられない」
 「何でもそつなくこなす」能力を求めたがる社会に、適応しようと努力する学生。「他人と違う」と言えない空気は息苦しくないだろうか。「万能じゃなくても、得意なことを生かせばいい」と認め合うことが、そんな社会を変えるための一歩となる。(敬称略)