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【第23回 パキスタン】児童婚の根絶に挑む  15歳少女、命がけの活動

パキスタン北西部スワト地区で、インタビューに答える15歳のハディカ・バシール。落ち着いた口調で率直に信念を語った(撮影・安井浩美)パキスタン北西部スワト地区で、インタビューに答える15歳のハディカ・バシール。落ち着いた口調で率直に信念を語った(撮影・安井浩美)

 鮮やかな芝生の中庭に面した部屋の窓から、女性の笑い声が漏れてくる。美しい渓谷に囲まれたパキスタン北西部スワト地区。年齢はさまざまだが女性だけが集い、それぞれの家庭問題や現状を話し合う。自由に意見を言い、時に冗談も。
 その中心にいるのは、15歳の少女だ。ハディカ・バシール。皆は親しみを込めて、アラビア語で真珠を意味する「ルールー」と呼ぶ。

 ▽断る権利

 アフガニスタンやパキスタンのパシュトゥン人社会は、圧倒的に男性が優位な家父長制。女性には決定権がなく、年長者の前では通常、発言すら許されない。男性が付き添わなければ勝手に外出できず、顔と全身を覆うブルカ着用も必須だ。

 地元州の法律は、女性が結婚できる年齢を16歳以上と定める。だが地域によっては、部族のおきてや慣習が優先され、8~12歳で親が決めた相手と結婚する。「児童婚」との問題意識は薄い。
 ハディカはスワト第2の都市サイドゥ・シャリフで高校に通いながら、児童婚の根絶を訴える活動家だ。「この社会の女の子にとって、学校に行くことは何よりの喜びなの」。結婚すれば家庭で働かねばならず、教育を受けられなくなる。

 本格的に活動を始めたのは2014年。啓発の集会を開いたり、戸別に訪問して幼い娘を結婚させないよう両親らを説得したりしている。

 集会に参加した女性たちは「初めて人権の意味を知った」「結婚を断る権利があると教えてくれた」と満足げに話す。何世代も女性を束縛してきた抑圧から解放されたいという熱い願いが、笑いとなってはじける。

 パキスタン北西部スワト地区の学校。男女共学だが、児童婚で勉強を断念する少女もいる(撮影・安井浩美)

 ▽縁談

 ハディカの原体験は、7歳のときにさかのぼる。仲良しで2歳年上の友達が結婚した。当初は祝福して喜んだが、友達は間もなく学校から姿を消した。後日、学校の行事で再会した友達の体はあざだらけだった。家事をうまくできず、義母や夫が殴るという。全身の血の気が引き、絶句した。

 2年後、自身にも縁談が持ち上がる。「取り乱して、孤独感で涙が止まらなかった」。相手は話をしたことも、顔を見たこともない30歳のタクシー運転手。「私は嫌です。学校で勉強したい」。弁護士になる夢があった。縁談を取り次いだ祖母は怒りのあまり、ハディカのほおを張った。

 「私はとても恵まれていた」。縁談を断れたのは、教師の父や社会活動に熱心な叔父の支えがあったからだ。祖母自身10歳で結婚したため、縁談はハディカのためと信じ込んでいた。

 これが3件目の縁談だったが、ハディカ本人は知らない。父イフティカル(43)が打ち明ける。最初の2件は「本人に伝えず断った」。3件目には逆らえず「娘を悲しませてしまった」と後悔している。

 昨年、ハディカはある姉妹と出会った。姉は10歳で結婚し、14歳で出産。義母と折が合わず不倫を疑われ、夫に鼻を切り落とされた。妹も10歳で縁談が進められていた。

 父親が他人の意見を素直に聞き入れるとは考えにくい。「まずは母親や祖母と話をしたの。女性同士で共感を得やすいから」。“外堀”を埋める作戦は成功、結婚は中止に。妹は姉が負った傷を治せる医者になろうと夢見て学校に通う。姉も支援で手術を受け、少しずつ笑顔が戻ってきた。

 今まで防げた児童婚は5件。「1人でも多くの女の子に、より良い未来が訪れてほしい」。ただ慣習を絶つには、気が遠くなる時間が必要だ。

パキスタン北西部ミンゴラの「穀物広場」。イスラム武装勢力の支配下で、かつて「血の交差点」と呼ばれ、処刑された遺体が見せしめにされた(撮影・安井浩美)

 ▽意志を貫く

 この地域で慣習に背く活動は、生命を危険にさらす。
 観光地として知られるスワトでは07年ごろから、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」が活動。07年に起きた同国初の女性首相ベナジル・ブット暗殺に関与し、12年には後のノーベル平和賞受賞者マララ・ユスフザイを銃撃した。

 女性教育の否定など原理主義と暴力が町を支配していた。中心都市ミンゴラの「穀物広場」では、首を切断された遺体が、頻繁に見せしめとして置かれた。

 軍の掃討作戦により、現在の治安は安定している。だが銃撃戦や自爆テロを目の当たりにした住民の心には、恐怖が影を落としている。ある学校は襲撃を恐れ、マララが創設した「マララ基金」の支援を隠すほどだ。

 実際、ハディカも殺害予告を受けている。だが「生きている限り声を上げ続ける」とひるまない。自分の意志を貫かず慣習に従っていたら、今のように皆と話し、笑い合っていられただろうか。

 周りには支援を必要とする少女がいる。「彼女たちに勇気をもらえるし、多くのことを学べるの」。真珠のように光をたたえた瞳は、自信に満ちている。(敬称略、共同通信・畠山卓也)

理想の夫

「結婚しているの?」。記者の結婚指輪を見つめながら、ハディカは尋ねた。妻との出会いや家族のこと、日本の結婚について話すと、興味深そうに耳を傾けた。日本よりも、結婚生活に関心があるように見えた。
 慣習に従わず、結婚相手も自分で見つけるのだろうか。「時期が来たら考える。もう少し大人にならないと」。18歳までは教育を受けるべきだとの考えだ。夫の理想像は「教養があり、前向き思考で私の活動を支えてくれる人」。いい人が見つかるよう祈っている