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【第22回 英国】人馬一体、癒やしの力

2012年9月、ロンドン・パラリンピックの馬術で優勝し、地元ファンの大声援に応えるソフィー・クリスチャンセン(ゲッティ=共同)2012年9月、ロンドン・パラリンピックの馬術で優勝し、地元ファンの大声援に応えるソフィー・クリスチャンセン(ゲッティ=共同)

 脳性まひで重度の身体障害があった少女は乗馬と出合い、生きる力を得た。ソフィー・クリスチャンセン(29)は6歳で「心と体の治療」を目的とするホースセラピーを体験し、13歳から馬術競技に挑戦。最も重い障害のクラスで2008年北京、12年ロンドン、16年リオデジャネイロと、パラリンピック3大会で8個の金メダル(団体戦含む)に輝いた。
 
 ロンドンの西にあるメイデンヘッドの自宅を訪ねると、ボーイフレンドと一緒に笑顔で迎えてくれた。発声はおぼつかない。それでも懸命に自分の思いを伝えた。「馬はとても頭がいい。私がやりたいことを察してくれる。馬に乗っている時は、体に障害があることを忘れているわ」

 ▽相性

 英国は障害者スポーツの先進国だ。古くから馬には「癒やしの力」があるといわれ、1969年に慈善団体の障害者乗馬協会(RDA)が結成された。現在はアン王女が会長を務め、約500の団体で組織。年に2万5千人以上の障害者が馬と触れ合っている。

 RDA加盟のクラブ「サウスバックス」を訪れた。クリスチャンセンはここで馬術を学んだ。自宅からも近い。3人の常勤スタッフと60人のボランティアが活動を支え、約20頭の馬を保有。5歳から60歳超まで100人ほどが乗馬を楽しむ。

 屋内の馬場を使った年少クラスの教室を見学した。障害で支えがないと立てない子どもたちが、馬上では別人のように目を輝かせている。女性ボランティアが声を掛けながら、馬を引いてゆったりと歩を進める。子どもたちは両手にコップを持ったり、ヘルメットにゴム製の輪を乗せたりしながらバランスを取る。自然と笑顔になった。

 ダイアン・レッドファーン(77)は70年からクラブの運営に深く関わり、障害児に愛情を注いできた。「馬に乗せてすぐ、この子は馬と相性がいいかどうか分かる。体の丈夫なきょうだいと比べて、劣等感のあった子が馬に乗ることで自信を持てる。それが私の一番の幸せなの」

 レッドファーンはほっそりした13歳のジェシカ・フィリップスを「次世代のスター候補」と紹介した。脳性まひで2番目に重いクラス。「乗馬を始めてから毎日が楽しい。私もソフィー(クリスチャンセン)のようになりたい」と頬を染めた。

 障害者乗馬クラブ「サウスバックス」でボランティアに付き添われ、馬術を学ぶ子どもたち。ヘルメットに輪を乗せてバランスを取る=ロンドン郊外(撮影・原田寛、共同)

 ▽重圧

 クリスチャンセンも「馬との相性」を強調した。「それまで家族の誰も馬と縁がなかった。でも私はなぜか、最初から上手に乗ることができた。不思議だったわ」

 馬術はパラリンピックで動物と一緒に行う唯一の競技だ。「大切なパートナーなのに、馬はパラリンピックが何かを分かっていない。だから面白い」という。

 2004年のアテネ大会に最年少の16歳で出場し、銅メダルを獲得する。この頃は経験することが目的で、重圧はなかった。ところが地元開催のロンドン大会は違った。「金メダルの期待が大きくて、心身ともに疲れた。プレッシャーが馬に伝わって最悪だった。そんな時、勝つことより乗馬を楽しんで笑いなさい、と仲間からアドバイスされて救われた」

 大学では数学を専攻。金融大手ゴールドマン・サックスに就職し、アナリストになった。ロンドンのオフィスに週2日通う。「馬術の金メダリストで働いているのは、私だけかもしれない。仕事があることで世界が広がり、心のバランスを保っているの」

英メイデンヘッドの自宅でパラリンピックのメダルを手に笑顔のソフィー・クリスチャンセン。乗馬の絵や記念品が並ぶ(撮影・原田寛、共同)

 ▽夢

 パラリンピック発祥の地はロンドン郊外のストーク・マンデビル病院とされる。医師ルートビヒ・グトマン(故人)が第2次世界大戦で負傷した兵士の治療にスポーツを取り入れた。

 マーガレット・ボウマン(92)は戦後すぐに、理学療法士としてグトマンに学んだ。「患者の治療にスポーツの時間がありました。車いすホッケーで勢い余ってひっくり返る。患者を抱き起こし、車いすに乗せるのに苦労したものです。グトマンは新しい治療法を試みました。患者は先生を父のように慕っていたから、ベッドに横たわっているわけにいかなかった」

 同病院で障害者の乗馬大会も開かれた。やがて人馬一体で挑む競技は、健常者と障害者、男と女の違いがないことを証明する。1952年ヘルシンキ五輪で初めて馬術が男女の区別なく競われ、女性選手リス・ハーテル(デンマーク)がポリオ障害を乗り越えて馬場馬術で銀メダルを獲得した。

 パラリンピックは五輪に劣らない観衆を集めたロンドン大会の成功で知名度が一気に上がる。選手を支える用具の機能も飛躍的に向上した。クリスチャンセンは「障害者が頑張っているという感覚で見てほしくない。同じスポーツとして、もっとパラリンピックが盛り上がってほしい」と熱く夢を語った。(敬称略、共同通信・原田寛)

豊かさの指標

 2016年リオデジャネイロ・パラリンピックの馬術に日本は選手1人が出場した。国内で競技会に参加する選手は20人ほどだ。3年後の東京大会に向けて厳しい状況が続く。
 
 日本障がい者乗馬協会理事長の三木則夫(みき・のりお)(63)は「馬術は動物の運動機能を使って行う。走ったり、演技をしたりするのは馬なので、障害者向きのスポーツ」と話す。

 三木は「障害者と健常者が同じようにスポーツを楽しむことができるかどうか」を、豊かさの指標に挙げる。「障害者が手軽に乗馬をできるようになり、パラスポーツの裾野が広がれば、頂点は高くなる。日本には裾野がない」と残念がった。