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【第20回(タイ)】「赤」でも「黄」でもなく  軍政下、消えたにぎわい

路上にたたずみ、行き交う人々を見つめる映画監督のペンエーグ・ラタナルアン=バンコク(撮影・大里直也、共同)路上にたたずみ、行き交う人々を見つめる映画監督のペンエーグ・ラタナルアン=バンコク(撮影・大里直也、共同)

  「ほほ笑みの国」タイでは、人々がいつも柔らかな表情を浮かべていた。だが10年以上に及ぶ激しい政治対立の中で、家族や友人同士が「赤」と「黄」に分かれてののしり、殴り合う。笑みも陰りがちだ。

 農村部の貧困層が支持する元首相タクシン派、軍部や財閥、都市部中間層の反タクシン派。対立が国を二分する。首都バンコクでは両派のシンボルカラー「赤」と「黄」のシャツを着た大規模なデモと衝突が繰り返され、民意で選ばれた政権が国軍クーデターで2回転覆した。

 東南アジアでいち早く民主化を達成、諸外国から「民主主義の優等生」と賞された面影はない。

 ▽ため息

 「どちらの言うことにも一理ある。民主主義にはさまざまな形があっていい、これも一つのプロセスなのかもしれない」

 タイ映画ニューウエーブの旗手、ペンエーグ・ラタナルアン(55)はドキュメンタリー映画「逆説の民主主義」でタイ政治を描いた。

 映画は、専制君主制から立憲君主制に移行した1932年の立憲革命で始まる。当時の映像とともに14人の知識人が、クーデター、独裁、民主化が何度も繰り返された約80年間をたどり、タイの民主主義を語る。

 淡々と流れる映像と言葉。「こうあるべきだ」という気負いはない。登場人物がため息と苦笑いで政治を語る。

 検閲に引っ掛かった5カ所の発言は、音声を消し映像だけをつなげ、4会場で1日4回上映した。入場料は200バーツ、屋台の麺類5食分だ。10日間の上映中は全て満席となった。

 登場人物の1人は言う。「コインには表と裏がある。一つの面を見ただけでは分からない」

 追放されたタクシンは、王室を頂点とする軍や財閥など旧体制に挑む「改革者」か、それとも職権で私腹を肥やす王室への「反逆者」なのか―。国民分断の構図も映し出す。

 クーデターをテーマにした続編は、撮影をほぼ終えたが「いつ公開できるか分からない。100年後かもしれない」。

タクシン派と反タクシン派の対立が深まった2014年1月、タイ国旗を掲げてバンコク中心部の道路を占拠した反政府派(ゲッティ=共同)

 ▽傍観者

 クーデターで誕生した軍事政権は「都市浄化」の名の下、繁華街の大通りに並ぶ屋台を撤去し、小路に押し込めた。

 バンコク中心部から北東約5キロのホイクワン地区。大通りに460軒ほどあった屋台が消えた。首都で最初に屋台が撤去された地域だ。早朝から深夜までにぎわい、笑い声が満ちていたが、今は夜7時を過ぎれば人もまばらで真っ暗だ。

 ムティラ(45)は30年前にタイ北部ピサヌロークから出て来て、路上で野菜や果物を売って生計を立てていた。「いきなり警察が来て店をたためと言われたの。みんな田舎に帰ったわ。でも政府が変われば、また商売ができるわよね」。自分に言い聞かせているようだ。

 屋台で商売をする人の多くは、タクシン派が圧倒的に強い農村部からの出稼ぎだ。屋台撤去はタクシン派の勢力をそぐためだとの見方もある。

 ペンエーグは「僕は『赤』でも『黄』でもない。決めれば赤や黄の色眼鏡で見てしまう。どちらにもくみしないことで問題が見えてくる」と傍観者の立場を強調する。

 だけどね、と一拍置いて続けた。「武力で押しつけられるのだけはゴメンだ。クーデターは麻薬のようなもの。一瞬の癒やしにはなるかもしれないけど、繰り返せばとんでもないことになる」

繁華街の大通りを追い出され、「ソイ」と呼ばれる小路でほそぼそと営業する屋台=バンコク(撮影・大里直也、共同)

 ▽危ない社会

 バンコクで生まれ16歳で渡米、25歳で帰国するまでニューヨークで過ごした。有名大学で絵画史を学び、イラストレーター、グラフィックデザイナーとして活躍した。「政治なんて全然興味なかった。興味があったのは建築、デザイン。あとはガールフレンドかな」

 帰国後、テレビコマーシャルなどのディレクターを経て、97年に映画監督としてデビューする。

 ブラックな笑いに満ちたラブコメディーやスリラー作品は、タイ映画に新風を吹き込み、ベルリンやカンヌなどの映画祭で高い評価を得た。浅野忠信を起用した「地球で最後のふたり」は、孤独な日本人男性とタイ人女性を描き、自殺願望のあるケンジを演じた浅野は、ベネチア国際映画祭で主演男優賞を受賞した。

 「政治家が汚職をしても庶民は何もできない。誰が首相でも同じと思っていた」。だが友人が「赤」と「黄」に分かれ「民主主義って何なのかに、目を向けざるを得なくなった」とペンエーグ。

 軍政は「メディアの自由は尊重する」と言う。しかし、フェイスブックでニュースをシェアした学生が拘束され、身の危険を感じ国外に出た記者も複数いるという。また、フェイスブックの運営や出版物などへの規制強化も検討されている。

 「一見平穏。でも、とても危険な状態だ。タイ人は対立を嫌う。怒鳴り合わないけど、突然殴り出す。ブラックな冗談に笑えず、国民が不満を言えない社会は危ない」
 人々が心から笑えるのは、いつの日だろうか。(敬称略、共同通信・遠藤一弥)

目覚めた貧困層

 なぜ「ほほ笑みの国」なのか、その由来は明らかではない。タイ人に聞いても「観光ポスターで見たことはあるけど、理由は知らない」「西洋人が言い出したんだと思う」。近隣諸国はタイを、そう表現はしない。
 
 穏やかな笑みを浮かべている人は多い。深遠な微笑をたたえた仏像を随所で見かける。ワイ(合掌)であいさつする物腰もたおやかで、変化を嫌った。だが政治に無関心だった貧困層が目覚め、不平等な社会への不満を抱くようになった。格差が生む亀裂は深い。