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【第19回(キューバ)】社会主義の暮らし風刺  人気番組に米大統領も

お笑い番組「ビビール・デル・クエント」に出演し、共演者と握手するオバマ米大統領(キューバ国営テレビ提供)お笑い番組「ビビール・デル・クエント」に出演し、共演者と握手するオバマ米大統領(キューバ国営テレビ提供)

 古ぼけた家で3人の男がテーブルを囲み、ドミノゲームに興じている。そこにドアをノックする音。現れた客人を見て「あれっ。オバマにそっくり」。「そっくりどころか、オバマ本人だ!」

 2016年3月、キューバのお笑いテレビ番組「ビビール・デル・クエント」に、米国大統領のバラク・オバマ(当時)が出演した。「ものすごく緊張したよ」。帽子をかぶった主役の老人「パンフィロ」を演じるルイス・シルバ(38)が振り返る。

 オバマの出演はキューバと米国にとって、歴史的な出来事だった。1959年に故フィデル・カストロが革命で政権を握ったキューバは、61年に社会主義路線を宣言し米国と断交、敵対関係に。62年には世界が核戦争の瀬戸際に立った「キューバ危機」も起きた。

 だが、2014年に突如、関係正常化への対話を発表。半世紀余りを経て「雪解け」が訪れ、15年に国交が回復した。
 

撮影前にポーズをとるルイス・シルバ(撮影・高橋邦典、共同)

 ▽視聴率80%

 米大統領のキューバ訪問は88年ぶりだった。忙しい日程にもかかわらず、米国はオバマを「ビビール・デル・クエント」に出演させたいと伝えてきた。

 番組の名前は「働かずに暮らす」「うまいことやって暮らす」というような意味。社会主義国の庶民生活を活写して、絶大な人気を誇る。

 月曜夜8時半の放映時間には、多くのキューバ人がテレビにくぎ付けになる。70~80%の視聴率を誇るという。パンフィロや友人らが、日常生活でトラブルに巻き込まれ、どたばた喜劇に発展するのが基本の筋書きだ。

 古びた建物が並ぶ首都ハバナの旧市街。人々が軒先で夕涼みをしている。番組が人気を集める理由について、40歳代の事務職女性は「日々の生活で市民が抱く不満を、ジョークで代弁している」と語る。「それとなく政府も批判し、憂さを晴らしてくれる」と言うのは、70歳代の無職男性だ。

 この国では公務員の平均月給が約30ドル(約3300円)。食料などの一部低価格配給はあるが、それだけでは食べていけない。市民は収入を得る道を常に探している。独特のお役所主義にも悩まされる。番組ではそんな暮らしを、笑いに包んで風刺する。

ハバナの配給所で並ぶ人々(撮影・高橋邦典、共同)

 ▽内側から民主化

 キューバ政府はオバマ訪問に合わせ、老朽道路を整備した。番組でパンフィロはオバマに「(両国)関係だけでなく、道路も修復してくれてありがたいよ」と言い、突貫工事をちゃかした。

 オバマはハバナへ向かう専用機の中でせりふを覚えたという。スーツの上着を脱いで、パンフィロたちのドミノに加わり、市民の歓迎にお礼を述べた。スペイン語で「ノ・エス・ファーシル(簡単ではない)」とぼやく場面も。キューバ人がよく使う言い回しだ。

 キューバの人々は元々オバマに好感を抱いていたが「番組出演で親しみが増したと思う」とシルバ。市民との交流を重視し「内側からの民主化」を促進しようとしたオバマにも、外せない出演だったのだろう。

 番組は08年に始まった。ラウル・カストロ国家評議会議長が、病に倒れた実兄のフィデルから正式に議長職を引き継いだ年だ。議長は携帯電話の所持や海外渡航、不動産や車の売買を次々に解禁した。

 大きな変化に、番組は敏感に反応した。急増する自営業に参入しようとして失敗するパンフィロの姿は、共感の笑いを誘った。

 ▽非常時

 シルバはハバナ大学で人工頭脳学を学び、教授になった秀才だ。コメディアンの仕事が忙しくなりすぎたため、教授の仕事は中断。2児の父でもある。「どんなにつらいときでも、笑いや悪ふざけを忘れないのがキューバ人」と言う。

 最も生活が苦しかったのは1990年代だ。後ろ盾だったソ連が崩壊し、経済はどん底に。国民は窮乏を強いられた。1日10時間もの停電。亡命も急増した。

 政府はこの期間を「ペリオド・エスペシアル(非常時)」と位置づけ、国民に忍耐を求めた。自営業の女性(49)は「生理用品がなかった。食べ物もろくに手に入らなかった」と回想する。

 パンフィロはこれも笑いのネタにした。「非常時って、もう終わっているんだっけ?」と物資不足をやゆ。内容は全て事前に政府の検閲が入る。だが、表現に細心の注意を払うので、おとがめはないという。

 最近は米国を含め海外から公演などで招待される機会も増えた。キューバ社会の移り変わりを反映しつつ、逆境を笑い飛ばすスタイルは今後も変わらない。

 米国ではオバマに代わり、トランプが大統領になった。「トランプが望むなら、もちろん出演してほしいよ」とシルバ。「彼とはドミノじゃなくて(不動産ゲームの)モノポリーかな」とおどけた。(敬称略、共同通信・中川千歳)=2017年5月9日


 「キューバ人は明るい。よく笑い、冗談を言う。うつ病は深刻でなく、自殺率も低い」。ハバナの医師に、キューバにうつ病患者はいるのか、と尋ねた際の回答だった。
 街角にはいつもサルサの陽気なリズムが流れ、国民は踊るのが大好き。だが革命政権を嫌い、よりよい生活を求めて米国に渡った人は、総数で約100万人に上る。米国は入国や市民権取得で、キューバ人を優遇してきた。だが1月、優遇措置は突如廃止された。
 米国に逃げる選択肢がなくなったキューバ人は、亡命の理由となってきた問題に、国内で向き合わざるを得なくなる。楽天主義はそれでも生き続けるだろうか。