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【第18回(カンボジア)】白衣の天女は死なず クメールの心、次世代へ 

伝統舞踊ショーのクライマックスに登場する白衣のアプサラ。厳しい練習の末に踊ることを許される=カンボジア・シエムレアプ(撮影・大森裕太、共同)伝統舞踊ショーのクライマックスに登場する白衣のアプサラ。厳しい練習の末に踊ることを許される=カンボジア・シエムレアプ(撮影・大森裕太、共同)

 メコン川を行く小さな舟から、プノンペンの住み慣れた王宮を目にした瞬間、トン・サバンの目は涙で曇った。前庭にはバナナが植えられ、周囲を黒服の兵士が埋め尽くしていた。後に市民約200万人の大量虐殺で知られるようになるポルポト軍だった。

 1975年5月。共同生活のため家族から引き離され、見も知らぬ農村へ。語り尽くせぬ苦難が始まった日だった。トンには決して人に知られてはならない重大な秘密があった。彼女はカンボジア王宮の踊り子だったのだ。

 ▽強制労働

 9世紀ごろに生まれたカンボジアの伝統舞踊は、アプサラダンスとも呼ばれる。絢爛(けんらん)豪華な衣装と音楽、「クメールの微笑」と呼ばれる踊り子の妖艶なほほ笑み、美しく反り返った指の動きが、見る者を魅了する。クライマックスに登場する「白衣のアプサラ」、それは地上に降り立った天女だ。

 故シアヌーク国王の母、コサマック王妃が古代クメール舞踊の復活を目指して、王立舞踊団を組織した。踊り子の養成に力を入れ、王宮のダンスが世界に知られるようになった。トンは母が王妃の侍女だった縁で踊り子となった。選ばれた者だけが舞うことを許される白衣の天女の一人だった。

 だが、ポルポト政権の誕生が彼女の人生を一変させる。西部ポーサット州の農場に送られ、強制労働をさせられた。

 「毎日、死と隣り合わせだった。隣にうずくまってうめいている人が、気付いたらそのまま死んでいた。踊りのことなど忘れ、自分はいつ死ぬんだろうとばかり思っていた」という。

 「トウモロコシの芯や小指の先ほどの芋を隠れて食べ、森で木の葉や草も口にした。毒草なら死ぬと思ったけど、それでもよかった」

トン・サバン(手前)の手元に残る踊り子時代の写真の一枚。王宮での練習風景を外国人の知人が送ってくれた(本人提供・共同)

 ▽秘め続けた過去

 プノンペンの外れ、豊かとは言えない人々の家が並ぶ一角。白いケープを肩から掛け、ベッドに横たわったまま、66歳となったトンが、一語一語をかみしめるように話し始める。

 最近患った病気のため、歩くのもままならなくなったが「お客さんの前ではこのケープがいいの」と、服装を気遣う様子が、スターだったことの誇りを感じさせる。

 言葉に詰まり、時折「少し休ませて」と言いながらも「1週間でも話し続けられる」と止まらない。

 「踊り子であることは必死で隠していた。ポルポト軍に知られたら、王の手先だとして間違いなく殺されたから」

 79年1月、ポルポト政権の崩壊とともに、暗黒の日々は終わる。だが、共同体にいた約380人のうち生き延びたのは、彼女を含めて5人ほどだったという。

 「王の手先」「腐敗の象徴」とされ、約300人いた踊り子や舞踏学校の教師らの9割が殺されたり、病気で命を落としたりしたとされる。

 「昔の記録で残っているのはこれだけ」と、トンが3枚の写真を大切そうに見せてくれた。海外の雑誌に載った古い写真のコピーと、パリの写真展で偶然、知人が見つけ、複写してくれたものだ。

 「この子は殺されてしまった。この子も、この子も…」。踊り子時代を思わせる優雅な指の動きで、写真の友人を指さす。目から涙があふれた。

踊り子時代の数少ない写真を手に、自宅のベッドの上で思い出を語るトン・サバン=プノンペン(撮影・大森裕太、共同)

 ▽再生

 残されたわずかな人々が、古典舞踊を復活させた。記憶を頼って音楽や教本を再生し、限られた材料をかき集めて楽器や衣装をよみがえらせた。

 トンも、半月かけて歩いて戻ったプノンペンの街角で偶然会った昔の同僚に誘われ、王宮の舞踏団に戻る。ダンスを教えられるのは彼女を含めて3、4人だけだった。

 「倉庫の片隅に残っていた箱の中に、自分の名前を書いた頭飾りを見つけた時、涙が止まらなかった」。この頭飾りをかぶり、45歳までという異例の長期間、踊り続け、後進を指導した。

 クメールのほほ笑みは次の世代に引き継がれた。彼女の娘も、孫の一人もアプサラダンサーだ。
 孫のミエン・ソウバナ(23)は、9歳の時、トンが教えるダンス学校に入学した。大学生でもあるが、れっきとした国家公務員のダンサーだ。

 「ほほ笑みが何より大切。どんなにつらい時でもステージでは笑わないといけない。相手を本当に好きになって感情を移入しない限り、上手に笑えない」と語るダンス論は、祖母譲りだ。

 クメールの遺跡、アンコールワット見学に多くの観光客が訪れるシエムレアプでは毎晩、伝統舞踊のショーが開かれる。最後に登場するのが白衣の天女だ。侍女役の女性に囲まれ、深いほほ笑みをたたえ、ポーズを取る。大きな拍手を聞きながら、別れ際のトンの言葉がよみがえった。

 「クメールのほほ笑みと踊りが途絶えないで本当によかった。アプサラダンスはカンボジア人の心そのものなの」(敬称略、共同通信・井田徹治)=2017年05月10日

伝える力

 独裁者は過去の事実を否定して歴史を書き換え、支配下に置いた民が築いてきた伝統文化を破壊する。

 自らの優位と蛮行を正当化し、強引に証明するためだろう。アフガニスタンや中東の戦乱の中で、遺跡の破壊などが今でも続いている。

 だが、その試みが成功することはない。歴史上の事実を知り、証言する人、伝統や歴史を次世代に伝えようとする人を、根絶やしにはできないからだ。

 長きにわたって積み上げられた人々の力、事実に足場を置く人々の力は強靱(きょうじん)だ。独裁と横暴が支配する世界で、彼らを守り、彼らの声に耳を傾ける努力もまた大切だ。