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【第5回 コンゴ(旧ザイール)】脅かされる平和な暮らし エコ観光で類人猿保護を 

キンシャサ郊外のボノボの孤児収容施設で、子どもをあやしながらうれしそうな表情を見せるメス(撮影・井田徹治、共同)キンシャサ郊外のボノボの孤児収容施設で、子どもをあやしながらうれしそうな表情を見せるメス(撮影・井田徹治、共同)

  「この食べ跡は新しい。まだ近くにいるはずだ」―。少し歩くだけで汗が噴き出す道なき道。巨大な倒木の上にあった植物の茎を手に取り、ヨボ・マバミ(29)が周囲を見渡す。

 広大な熱帯林が広がるアフリカ・コンゴ川流域。コンゴ(旧ザイール)の首都、キンシャサ郊外からボートで2日間かけて川を上り、車に乗り換えて3時間ほどで、目指すバリ地区にたどり着いた。

 強い太陽が照りつけるサバンナと熱帯林が入り組む地を歩き回って既に3日目だが、この国の限られた地域にしかいない絶滅危惧種の大型類人猿、ボノボは簡単には姿を見せなかった。

 ▽少ない争い

 食べ跡を見つけてから20分ほど。「あそこにいた!」とヨボが指さす方向に、のんびりと木の実や葉を口に運ぶ5、6頭のボノボの姿が見えた。

 「あのメスは笑ってるよ」と、ボノボ研究で著名な京都大野生動物研究センターの伊谷原一(いだに・げんいち)(59)が双眼鏡をのぞきながら言う。

 木々の枝にぶら下がりながらじゃれあう2匹の子ども。近くの倒木に横になって、その姿を見守るメスの表情は遠目にも和やかだ。

 かつて笑うのは人間だけだとされていたが、最近の研究で類人猿も声を出して笑うことが分かってきた。類人猿が子どもを交えた遊びの場などで、人間と同じように声を上げて笑う様子が観察されている。

 じゃれ合う子ども同士やそれを見る親、子をあやす母、母親や母親代わりの飼育担当者にくすぐられた時の子ども。類人猿が笑う場面は人間と共通だ。そこには和みと安定がある。

 「ゴリラもチンパンジーも笑うけど、ボノボが一番よく笑うんじゃないか。個体間の緊張関係が薄いことと関係しているのだろう」と伊谷。

 チンパンジーにはオス同士の順位をめぐる争いや、グループ間の命がけの闘争などが頻繁に見られるが、ボノボにはこの種の争いがほとんどない。ボノボを「平和主義者」と呼び、同情や思いやりなど人間性の起源を見る研究者もいる。

腕利きトラッカーのヨボ・マバミ。バリ地区の森で「絶滅が心配されるボノボを守り、いつの日か多くの観光客を呼び寄せられるようにしたい」と語った(撮影・井田徹治、共同)

 ▽絶滅の恐れ

 だが、ボノボは相次ぐ内戦や森林破壊、狩猟によって数が減り、絶滅が心配されている。

 長くアフリカの類人猿を見てきた日本モンキーセンターの岡安直比(おかやす・なおび)(56)は「内戦の影響で研究も保護も遅れている。最近は地球温暖化のためか、雨の降り方や気候が大きく変わっている。森の食べ物がなくならないか心配だ」と言う。

 ボノボがバリの森にいることを、保護関係者が地元民から聞いたのは2005年のことだった。ある研究者は「首都から小型飛行機で1時間というこの地にボノボがいるなんて、最初は信じられなかった」と言う。

 バリには「ボノボは村人と仲たがいをして森に入った人間が姿を変えた」との伝承があり、人々が狩りの獲物にしなかったためらしい。

 「ボノボを守り、観光客を呼び込んで地元の利益につなげよう」との取り組みが、地元の市民団体を中心に始まり、京都大などの研究者が支援の検討を始めた。

 市民団体、ボゥ・モン・トゥールのクロード・モンジェーモ(42)は「ボノボはこの地の貴重な財産だ。バリは国の保護区ではないが、人々は『ボノボの森』として狩猟や伐採を自粛している」と話す。

 エコツーリズム実現には、森の中でボノボを追い、居場所を研究者や観光客に伝える「トラッカー」が大切になる。ヨボもその一人だ。

 「13歳の時、子どもたちを連れて森に入り、生まれて初めてボノボを見た。とても怖くて、逃げ出したことを覚えている」。彼は今や、腕利きのトラッカーだ。

コンゴ(旧ザイール)バリ地区にある村の子どもたち。水道も電気もない村での暮らしは厳しいが表情は明るい(撮影・井田徹治、共同)
 

▽響く銃声

 「バーン、バーン」。森の中にいたある日、突然、2回の銃声が響いた。トラッカーや研究者にとって危険な狩猟は、村の合意で禁じられているはずだ。トラッカーの表情がこわばり、周囲に緊張が満ちる。
 「外国製の散弾銃の音だ。村でそれを持っているのは3人だけ。急いで村に戻って調べる」と一人が駆け足で姿を消す。

 「ここでこんなことがあってはいけないんだ。一発の銃弾が全ての努力を無にしてしまうこともある」と伊谷も苦々しげだ。

 トラッカーの技術も未熟だし、村には電気も水道もない。バリの人々の努力が実るまでの道は長く、平たんではない。だがヨボは「遠くから来た人にボノボを見せることができて本当によかった」と意気軒高だ。

 疲れ果ててヨボたちが暮らす近くの村に戻ると、子どもたちが笑顔で集まってくる。見慣れぬ外国人に誰もが友好的だ。

 子どもたちの顔にも、森に暮らす人間の親類にも、笑いが絶えることがないように。それがヨボの願いだ。(敬称略、共同通信・井田徹治)=2017年02月15日

思いやり 

 ケンカに負けた仲間を抱きしめて慰める。飛べなくなった鳥を木の上まで運んで放してやる。平和主義者、ボノボが示すこんな行動を観察して「他者への共感という感情を持っている」とみる研究者は少なくない。

 だが、今のペースでボノボの数が減り続ければ、近い将来に絶滅してしまう。

 ボノボがいつまでも平和に暮らせる環境を残し、その行動を詳しく観察することができれば、他人を思いやり、争いを避けようとする人間の心の動きについて、より深い理解が可能になるかもしれない。人間に最も近い種である類人猿を守る意味は、こんなところにもある。