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【第3回 英国】 矛先は権力者に 議場のやじは芸術

英国会議事堂の外で支持者に囲まれ、笑顔のデニス・スキナー=ロンドン(撮影・松井勇樹、共同)英国会議事堂の外で支持者に囲まれ、笑顔のデニス・スキナー=ロンドン(撮影・松井勇樹、共同)

  「オーダー、オーダー(静粛に、静粛に)」

 毎週水曜日正午から行われる首相質疑。与野党が対峙(たいじ)する英下院本会議場に激しいやじが飛び交い、それを制する下院議長の声が響く。

 民主主義発祥の地、英国議会のやじは強烈だ。だが、それにも19世紀以来の伝統に根ざす厳粛なルールがあり、巧拙は議員の人気、評価にそのまま結び付く。

 「簡潔に、核心を突く。それでいて、ウイットに富んでニヤッと笑うようなものでなくてはね」。労働党左派の最古参議員で、与野党双方が“名手”として一目置くデニス・スキナー(84)のやじ哲学だ。

 ▽女王も対象

 年1回の議会開会式では、女王エリザベス2世が上院(貴族院)で招集を宣言する。慣習で下院に入れない女王の名代として黒杖官(こくじょうかん)が下院議場の扉をつえで3回ノック、議員に女王演説への召喚を伝える。この際、スキナーが時々の世相に関連した痛烈なやじを投げるのが恒例となっている。


 「女王に税金を払うよう伝えろ」「女王に財産を処分させろ」―。議会で王室への課税が議論されたり、英財政が危機に陥ったりした年のことだ。これには共和派は大笑い、王党派も苦笑いしたという。女王ですら対象になるところに、英国のやじの真骨頂がある。

 「ピント外れは論外だが、笑いを取れないやじも駄目だ。やじは知性と感性をフルに活用するアート(芸術)だよ」

 ツイードのジャケットに赤いネクタイがトレードマーク。少年時代は新聞配達で家計を助け、配達しながら新聞の隅から隅まで目を通し、社会性を身に付けた。炭鉱労働者を経て1970年に下院に初当選、以来、連続当選を果たしている。議会では労働党左派の“うるさ型”が座る最前列が定位置だ。

 タックスヘイブン(租税回避地)の利用実態を明らかにした「パナマ文書」で当時の首相キャメロンの名前が挙がった際には、すかさず「ドジなデーブ(キャメロン)!」。息をのむキャメロン。議長が謝罪を求めたが、スキナーはこれを拒否し、11回目の登院停止処分に。「これまで一回も謝罪したことはない、信念に基づいた発言だからね」と胸を張る。

 「やじられるとすぐに感情的になる首相もいたよ。痛いところを突かれても、スマートに切り返せないような政治家では情けない」。議場同様、容赦のない言葉が続く。

 ▽偽善を暴く

 英政治に不可欠なもうひとつの笑いが風刺だ。

 テレビの風刺人形劇「スピッティング・イメージ(そっくりさん)」は、首相や王室一家、海外の元首などの人形を登場させ、セレブを徹底的に皮肉り、各種の賞を受賞した人気番組だった。

 首相のサッチャーは男装で葉巻をくわえる暴君、後継者のメージャーは妻と豆の食事を楽しむ灰色の退屈な男として登場。米大統領レーガンは核兵器をもてあそぶ愚か者として描かれた。

 この番組を担当した脚本家の一人ジョン・オファレル(54)は「風刺は権力者の偽善を暴く庶民の手段だ。政治を笑うことでより身近に感じる。民主主義には欠かせない」と言い切る。

 中世では聖職者が風刺の標的にされた。「対象は常に権力者であるべきだ」

 民族、身体、文化、信仰をやゆするのは、風刺ではなく単なるいじめ、偏見というわけだ。

 

▽風刺が現実に

 テレビだけではない。英国の新聞では政治や政治家を笑う風刺漫画が欠かせない。風刺画は14世紀に始まり、中でも政治風刺漫画は、18世紀から19世紀初頭にかけて確立したとされる。だが、約250年の歴史を誇る英国の政治風刺漫画を取り巻く状況も変わりつつあるようだ。

 英主要紙に政治風刺漫画を掲載するアンディ・デイビー(60)は「(フランスの風刺週刊紙)シャルリエブドの事件以来、欧州社会は批判に対する寛容さを失いつつあるような気がする」と指摘。「風刺漫画家は気候変動に直面した恐竜のようなものかもしれない」と言う。

 化学の博士号を持つデイビーは「風刺の中に警告を込める」魅力に引かれ転身、英国を代表する風刺漫画家となり、漫画家協会の会長も務めた。デイビーは今、風刺が受け入れられなくなっている風潮に、強い危機感を抱く。

 「英国の欧州連合(EU)離脱、トランプの米大統領当選。風刺の世界が現実になっている。風刺よりショッキングなことが起きており、笑うに笑えなくなってしまった」からだ。

 ウイットに富んだやじと風刺で政治を笑い、警鐘を鳴らす。政治における「笑い」の在り方は、社会の成熟度を示す尺度なのかもしれない。

 (敬称略、文・遠藤一弥)=2017年01月25日

「剣の線」 

年1度のクリスマスフェアが開かれ、市民らが詰めかけた英国会議事堂内のウエストミンスターホール。11世紀に建設され、火災や戦禍を免れた議事堂内で最古の建物=ロンドン(撮影・松井勇樹、共同)
 英下院は与野党が長いベンチに向き合って座る。双方の足元には「剣の線」といわれる赤い線が引かれ、議員はこれを踏み越えてはならない。議長席に押しかけ、与野党がつかみ合いになるような光景はない。


 中世、議員が帯剣していた当時、議論が白熱し興奮して剣を抜いても、相手に届かない距離を保つためだったという。議場は、まさに「敵」と「味方」の戦場なのだ。それだけに、寸鉄人を刺すようなやじは、敵を制する強い武器となる。

 首相質疑は一問一答で、質問は極力短く、が原則。事前に質問内容は通告されず、首相はすべて自身で簡潔に答えなければならない。だらだらした質問、回答は力量を問われることになりかねない。逆にパンチの効いたやじが飛び出せば、質疑は一気に盛り上がる。