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【第2回 キリバス】 おちゃめなダンスで観客釘付け 重量挙げ選手の訴え方 「水没する祖国知って」 

重量挙げ英連邦大会でコミカルなダンスを披露するデービッド・カトアタウ=マレーシア・ペナン島(撮影・大里直也、共同)重量挙げ英連邦大会でコミカルなダンスを披露するデービッド・カトアタウ=マレーシア・ペナン島(撮影・大里直也、共同)

 頭上に持ち上げた203キロのバーベルを下ろすと、デービッド・カトアタウ(32)は、ちゃめっ気たっぷりに腰を揺らす。2016年秋、マレーシア・ペナン島で行われた重量挙げ英連邦大会。男子105キロ級で銀メダルに輝いた瞬間だった。

 身長166センチ、体重104キロ。本来は恥ずかしがり屋だが、相撲の力士のような体から繰り出すコミカルなダンスに、会場は笑いの渦に包まれる。「調子を崩していたので、メダルはうれしいよ」。真剣勝負の国際大会では、異例のパフォーマンス。真意は祖国の深刻な事情と関係している。

 大海原はエメラルドグリーン。陽光が波頭を白くきらめかせる。カトアタウが生まれたのはキリバス。赤道付近に散在するサンゴ礁の島々からなる。面積は長崎県の対馬とほぼ同じで、人口は11万人。山はなく、平均海抜は2メートルほどしかない。

 地球温暖化で高潮被害や海岸浸食が頻発している。世界銀行によると、首都タラワのある島の5~8割が、海面上昇で50年までに浸水する恐れがある。

 

▽大波で自宅消滅

 ダンスは師匠のポール・コファの用意周到な戦術がきっかけだった。14年の英連邦大会。「次の194キロを挙げたら銀メダルだ」とカトアタウに告げた。本当は金メダルなのに、うそをついた。「もっと上の記録を達成してほしかったからね」とポール。「これを挙げたら金メダルです」という場内アナウンスが聞こえないように、両手でカトアタウの耳をふさぐ念の入りよう。「まさかの金メダル。うれしいので、自然と踊った」

 翌15年、米CNNの番組を見て胸底が波立つ。祖国が水没する危機を伝えていた。「実家の近くに建てたばかりの自宅が、大波で海のもくずと消えた」。その知らせを遠征中に聞く。

 記録は練習で伸ばせても、自然の脅威には無力であると思い知った。でも心まで沈んでいられない。「溺れ死ぬ前に、世界の人に現実を知ってもらおう」。観客の視線をくぎ付けにしようと考えた。

 重量挙げは孤独な競技だ。だがダンスで喝采を浴びる時、祖国を憂える自分が、ひとりぼっちではないと感じる。

 リオデジャネイロ五輪では14位とふるわなかったが、ダンスは注目を集めた。青少年の良い手本を旗印とするオリンピック憲章に反するとの批判も、意に介さない。「もっとキリバスの話を聞きたい」とのメールがたくさん届いたからだ。16年3月まで3期12年、大統領を務めたアノテ・トン(64)も「キリバスは地球温暖化問題の最前線。踊りはこの国の習慣、文化であり、それを通し消滅する恐れのある国の知名度を上げているのは素晴らしい」と評価する。

 

▽古タイヤで練習

キリバスで使われている自身をデザインした切手を見て笑顔のデービッド・カトアタウ。財布に入れて持ち歩いている=マレーシア・ペナン島(撮影・大里直也、共同)
 カトアタウが世界で活躍するまでの道は平たんではなかった。10人きょうだいの2番目。2歳の時、肥料用鉱石を採掘する父の仕事の関係でキリバスから同じ南太平洋のナウルに移住した。16歳の時、ポールが開設したトレーニング施設へ毎日通う。でも外から窓ガラス越しに室内を見るだけ。「ナウル生まれでないと利用できない施設だった」と、ポールは今も気の毒がる。


 「ポールが1本の金属製の棒をくれた。『これしかあげられない』と。かわいそうだと思ったのでしょうね」とカトアタウは感慨に浸る。でも棒だけで練習はできない。深夜に廃車置き場から車やトラックのタイヤを抜き取り、棒の両端に付け、浜辺で練習した。

 本格的にトレーニングを始めたのは、翌年にキリバスに戻ってから。砂浜での熱心な練習と際立つ素質が、キリバスのオリンピック委員会の目に留まる。その後、ニューカレドニア重量挙げ協会から住居を無償で提供され、拠点にしている。

 

▽将来の夢

 ダンスが話題になった16年に、新しい地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」が発効した。だが途上国支援の具体策は固まっていない。その間にも、国土の浸食は容赦なく進む。世界で最も貧しい「後発開発途上国」の一つ、キリバス政府の立場も苦しい。同国で20年間生活した名誉領事のオノ・ケンタロ(39)は「島が沈む最悪のシナリオを念頭に、国外移住も検討しつつ、経済発展も考えるジレンマにある」と指摘する。

 祖国の英雄で、自分の切手が販売されているカトアタウ。独身で恋人募集中だ。現役引退後はキリバスでコーチになることを夢見る。

 「天国のような美しい島と島民を助けてほしい。海岸に津波も防げる高い堤防を造ってほしい。そのためには、これからも踊るよ」

 小さな行動でも未来に影響を与えると信じる。ダンスは国を思う心と体が共振してあふれ出す魂の叫びなのかもしれない。

 (敬称略、共同通信・志田勉)=2017年01月18日

絵空事ではない   

地球温暖化の影響で水没の危機に直面する太平洋の島国キリバス。海岸で子どもたちが漂流物に乗って、無邪気に遊んでいた(国際協力機構提供・共同)

 「地球温暖化問題の最前線のキリバスが水没したら、次に影響を受けるのは同じ島国の日本ですよ」。アノテ・トン前大統領は、そう警告する。

 「日本沈没」と聞いても正直、切迫感はない。ただ絵空事で済まされない気もする。心の微妙なざわつきは全国各地の異常気象に起因する。

 度重なる真夏の台風上陸、前代未聞の集中豪雨、観測史上最も早い積雪…。地球温暖化の影響なのか。新聞やテレビで「記録的」という表現を目にする機会が増えた。

 人命と生活に牙をむくという点で日本とキリバスの気候変動は似ている。遠く離れた南太平洋の島の危機は決して「対岸の火事」ではない。